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モハ80昭和30年型の簡易運転台など

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 9月28日(木)01時21分48秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

モハ80昭和30年型の簡易運転台について
白い陽さん
 私の方でもRF17-11号80系の記事のモハ80107の「簡易運転台存在を示すもの」を確認しました。簡易運転台が付いているのは「前位」で、RPアーカイブスセレクション34「湘南電車時代」P70の昭和30年8月20日撮影の写真で示される、TcMMTcの下り側にMTcを増結した編成とも整合性が有ります。簡易運転台の付き方は、「標識灯(入換表示灯)は向かって右側に付いている」「簡易運転台の付いている妻窓は原型のまま」「ヘッドライトは付いていない」で、後のモハ80300台の簡易運転台とは逆になります。また、同時期のモハ80,72型の簡易運転台の「妻窓をHゴム支持に変更している」とも異なっており、以前話題になった「新製時からか、後から取り付けか」という問題に対しては、RPアーカイブスP70~(元はRP77-8号)の「(新製)まもなく~改造」で示される「後から取り付け」のほうを支持すると考えられます。

紀勢本線特急「あすか」と阪和社型について
 RF17-11号は「特集 気になる特急型気動車」ですが、この中の「高山・紀勢本線の特急列車ものがたり」(P16~)で、特急「くろしお」運転開始にあたっての試運転列車の写真があります(P24)。昭和40年2月16日に金岡駅(直後の3月1日に「堺市」駅に改名)で撮影された「あすか」のサインを付けるキハ80系なのですが、この隣に阪和車型クハ25型が写っています。この車は普通のシル、ヘッダーなので南海の流れをくむクハ25200台です。この車が何番か考えたのですが、阪和車型の写真はHP「DRFC-OB デジタル青信号」で元関西旧国利用者さんが紹介されているほか、HP「記憶の中の鉄道」中「阪和線 社型「クハ25、クモハ20」」にまとまった数が紹介されていました。これらの写真と比較すると、25200,202は前面窓が原型で腰板に大鉄型球形通風器付きで、25200は2位側の昇降ステップ無しで25202は有りです。25201, 203, 204は運転席窓Hゴム支持化で窓の右下に大鉄型球形通風器付きですが、2位側のステップの付き方が異なり、201が一番間延びしていて上の手摺は幕板の中ほど、204は上の手摺はヘッダーのすぐ上、203は詰まっていて3つ全てがシルとヘッダーの間に納まっています。このためRF誌のキハ80型の隣に写っている阪和社型は「クハ25203」と考えられます。
 
 

DT14・15 補遺

 投稿者:73おやぢ  投稿日:2017年 9月27日(水)19時50分13秒
返信・引用
  みなさん、こんばんは。

原口さん
懐かしい表ですね。さて、車輌史編さん会「モハ63形」に車号一覧があり、「現車確認」できたものは台車の形式と形態が書かれているので、表の空欄をもう少し埋めることが可能です。ただし「現車確認」の根拠(目撃情報か写真か)は不明です。

DT14の可能性があるもの
72220…記載なし。72233…DT14丸穴。72311…DT13。73130…DT13。73147…DT13。

DT15の可能性があるもの
73131…DT15丸穴。73299…記載なし。73349…DT15長穴。73361…DT15丸穴。73367…DT15長穴。

以上ですが、72311については疑義があります。JTB「国鉄特急電車物語」に東神奈川付近を走行中の151系の写真(昭和34年撮影)があり、後方の電留線にいる67900の次位にDT14の72形が見えます。この時点でDT14の可能性のある東神奈川配置車は72311と72318なので、72311と判定しました。では、昭和34年以降にDT13へ振り替えられたのでしょうか。

63改72形の鋼体強化は73500~で終了し、以後は状態不良車の廃車が促進されました。昭和41年には第一陣とでもいうべき廃車があり、鋼体が脆弱な初期製造車および平軸車が対象になっています。引き続き、荷電改造対象外でなおかつ現場に不評の72形DT14車も廃車候補になったようです。73形のDT14車は地方線区転出の財源になり得るが、将来の需給状態を勘案すると72形には余剰が発生するためと考えられます。これが昭和43年6月廃車の72220、72233、72311と思われ、鋼体が比較的しっかりした後期製造車にもかかわらず廃車対象になったことから、未発見の72220がDT14だった可能性が考えられるなど、興味深い事例です。ところが、上記のごとく72311がDT13だったとすると、おかしなことになります。後期製造車、DT13、大型配電盤付きであれば、事故車でもないかぎり廃車にする理由が見当たらないからです。

もし、表に注を入れるとしたら、
72311…DT14長穴。ただし「モハ63形」誌の記載は要検討。
72220…早期廃車の事実からDT14の可能性(個人的には濃厚と言いたい)あり。
あたりが適当なのかもしれません。

71001のDT15の件、興味深く拝見しました。今さら詮無きことですが、71001は保存計画(らしきもの)があり、廃車時に国鉄本社から「解体するな」との指示が出たにもかかわらず、行き違いで解体されたと聞いております。もし、国電初の全金車として大宮鉄博か京都鉄博に保存されていれば、台車に排障器取り付けの痕跡を確認できたかもしれません。
 

南海のFS-1台車とモハ71001のDT15台車の由来

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 9月27日(水)01時13分54秒
返信・引用
  すぎたまさん、皆さんこんばんは

南海向けのFS-1台車ですが、実は「住友金属の台車」に記述があります。
国鉄向けに10台を納入した後、「昭和25年に南海向けに8台を納入した」との記述があり、国鉄向けとは「ボルト穴が長穴になったこと」「扶桑金属(当時の社名)の社紋を鋳出した」違いが写真とともに紹介されていました。南海のFS-1台車装備車がクハ2812~15のちょうど4台で、南海への台車納入数ともぴったりです。
「住友金属の台車」はRP誌掲載時も読んでいて、DT14の流れが私鉄納入のFS台車として発展していったこと等、後継者が続いていることが当時としては注目点でした。改めて調べてみると、DT14と同時期のDT15は、むしろDT12以来のペンシルバニア台車の流れを汲んでいるそうで、DT16までペンシルバニア系が続いており、DT17,TR48は軸ばね式なのでDT16の流れのように見えますが、むしろDT14の方の系統を接いでおり、その後ウィングばねがDT20から導入され、ウイングばねが長く続くので、DT14の系統が受け継がれているようです。

先日「DT15台車」で紹介した、モハ71001のDT15台車の起源ですが、モハ72318のDT14台車のように、「DT13への交換が確認されたクモハ73052, 283, 337がモハ73改造時に台車を交換した」とすると、改造年月日は

73052 S28.3.16
73283 S28.1.19
73337 S28.7.24

となり、いずれもモハ71001の落成(S27.11.18)よりも後になってしまいます。このため、予備のDT15が存在しない限り、この3両のうちの少なくとも1両はモハ73改造よりも前にDT15をDT13に交換していたことになります。また、モハ71001のDT15は丸穴ですが3両のクモハ73型が装備していたDT15のボルト穴を近い時期の落成車から類推すると

73052: 丸穴(モハ63823と同時電装のモハ63821(後のクモハ73357)が丸穴であることから)
73283: 丸穴(モハ63775と同時電装のモハ63777(後のクモハ73285)が丸穴であることから)
73337: 長穴(モハ63801と同時期電装のモハ63803(後のクモハ73351)が長穴であることから)

と考えられ、一方で後天的にDT15になった車は、クモハ73050が丸穴、クモハ73073が長穴であることから、クモハ73337のDT15台車がクモハ73073に移り、クモハ73052, 283のDT15台車のどちらかがクモハ73050、もう片方がモハ71001へ移ったと考えられます。このうち、クモハ73050,052は「日車支店でクモハ73に改造」という共通点があるので、「クモハ73改造時に日車支店で台車交換が起こった」という可能性は高いと思います。となると、モハ71001の台車の起源はクモハ73283(モハ63775)の可能性が高いと考えられます。
 

南海も同時採用

 投稿者:すぎたま  投稿日:2017年 9月26日(火)20時11分51秒
返信・引用
  原口さんこんばんは。

FS-1台車は、南海電鉄クハ2812~15も採用していた記録があります。
この車の製造時期は1950年のようですので、残りの1輌分はそっちに回った可能性は無いでしょうか。

同一形式台車を複数の会社が採用するのは、その後ほとんど無くなりましたね(もちろん譲渡車などは除きますが)。

失礼いたします。

http://princesscomet.net/

 

最初のDT14台車:RPアーカイブスセレクション38「住友金属の台車」より

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 9月26日(火)01時23分21秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

住友金属FS-1台車 = 国鉄TR37(DT14)台車について
 RP17-11号とほぼ同時にRPアーカイブスセレクション38「住友金属の台車」が発売されました。元はRP85-1号から長く連載された「住友金属の台車」をまとめたものですが、「最初の住友金属の台車」である「FS-1台車」が実はDT14台車です。
 DT14,15台車は、昭和21年から発足した「高速度台車振動研究会」の成果の1つとして製造されたものですが、このうち、住友金属が設計した台車がDT14で、住友金属内での形式番号として、「FS-1」が与えられました。「住友金属の台車」によると、FS-1 = DT14台車は昭和23年4月に10台(5両分)が製造されたとあります。「住友金属の台車」には、「10台を作った」としか記述されていないのですが、RP17-11号P70のDT14,15装備63形の一覧を見ると、DT14台車装備車は昭和23年12月25日落成(「旧型国電車両台帳」と比較すると、車体落成を示す)の63806, 808, 810, 812が最も早いです。このため、上記のFS-1台車の「昭和23年4月」の落成から1年近く間が空くのですが、これを埋める存在が「モハ63650, 652, 654, 666」と考えられます。これら4両の落成は「旧型国電車両台帳」によると(メーカーはいずれも川車)

車体落成 電装 使用開始
63650 S23.1.26 S23.3.6 S23.6.25
63652 S23.1.26 S23.2.27 S23.6.10
63654 S23.1.30 S23.2.27 S23.9.10
63666 S23.2.25 S23.3.30 S23.9.10

とあり、車体落成後すぐに電装されているのは他の車と変わらないのですが、電装から使用開始まで数か月の間が空いています。昭和21年から22年度のモハ63型は、電装から使用開始まで、数日か、長くても1か月以内の車が大多数なのですが、絶縁物質の品質低下のためか、電装から使用開始まで数か月の間が空いている車がけっこういます。おそらくこれら4両の車も電装はしても何らかの理由で工場に抑留になり、その間に近所(堺市)でもある住友から新型台車使用の打診を受けて台車を交換したのではないかと考えられます。台車10台に対して車両が4両と数が合わないのは、1両分を交換用の予備としたのではないかと考えられます(同時期に他にも川車に抑留されていたと考えられるモハ63型がいるため)
 また、住友FS-1台車はボルト穴が「丸穴」ですが、先日掲載のDT14台車装備車一覧の表を見ると、これら4両の末裔は63650=73092, 62652=73295, 63666=72209が「丸穴」であることが確認でき(残り1両の63654=72220は「DT14の記載」だけ)、住友FS-1台車を継承していると考えられます。

RP17-11号の注目写真
 カラー頁P5の下の鶴見線73系の写真ですが、左を走る貨物列車が「タム9600形LNG専用高圧ガスタンク車」であることが注目です。タム9600型は積み込み時-162 ℃、輸送時-138 ℃以下の超低温が要求される液化天然ガス(LNG)を輸送するタンク車で、15t積みの「タム」でありながら全長19m近い巨大なタンク車です。LNGの積み込み基地が鶴見線沿線にあり(常備は鶴見川口駅から、昭和58年に浅野駅に変更)、日立へLNGを輸送していました。タム9600型は4両製造されたのですが、9600が試作車で、両側ブレーキ、9601~03が手ブレーキという違いがあり、写真は、一番後ろの車は手ブレーキがわかり、2両目の車も足踏みブレーキが無いことがわかるので、9601~03のどれか、とわかります。
 

「クロハ75」計画の名残など

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 9月24日(日)23時46分36秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

RP17-11号での注目点など
 RPの72系特集で注目した記述等を紹介したいと思います

「クロハ75型」について
 72系900番台全金試作車の記述で、クハ79902が当初は「クロハ75000」として計画されていたことが紹介(P79, 写真頁P49)されていました。「クロハ75型」はJTBブックス「幻の国鉄車両」で紹介されており、この車がクハ79902に相当するらしいことがこの場で紹介されていましたが、具体的に同定する記述は今回が初めてではないかと思います。また、改造当初は蛍光灯が日立と東芝の2社のものが使われており、これが元は「クロハ75型」の2等室と3等室用として予定されていたのが3等室だけになっても「2社併用」が継続された、いわば「2等合造車の名残」を示すものとして記述されており、この記述も初ではないかと思います。
 なお、これらの全金更新試作車の「量産化改造」は、先頭車については写真頁で個々の先頭車について「晩年」の写真での記述がありますが、「首都圏の72系」の方に具体的な記述がありました。引用すると


改造内容としては
クモハ73900、クハ79902の半埋込式前照灯を屋根上取付式とする
乗務員扉の引き戸式を開戸式とする
前面窓を標準寸法とする
側窓アルミサッシを標準品とする
等の工事であり、これらの工事は昭和36年から41年にかけて実施された
以下に各車の工事施行年月日を示す
クモハ73900:S36.1.10側窓改造、S42.3.8乗務員扉を開戸に改造
クモハ73901:S35.9.2側窓改造
クモハ73902:S42.2.20乗務員扉を開戸に改造
モハ72900:S25.10.26側窓改造
クハ79900:S26.2.16側窓改造、S41.12.3乗務員扉を開戸に改造
クハ79902:S36.3.23側窓改造、S40.1.11正面窓標準化改造、S41.11.21乗務員扉を開戸に改造
クハ79904:S41.5.11側窓改造


とあります。電源関係の記述は無いのですが、標準化工事のどこかの段階(おそらくかなり早い段階)で電気関係も標準化されたと考えられます。

モハ72018について
 モハ72018の写真がP43に掲載されていますが、パンタを右にした(エンド標記書き換え前は右が前位、書き換え後は左が前位)の写真を初めて見ました。また、パンタの無い側の妻面がわかるのも注目で、以前末期のモハ72018を製作した時に、銘板を推測で4枚を長方形に並べたのですが、この写真でも同じ並びであることが確認できます。また、ジャンパ栓納めが「台座付き」であることもわかりました。
 関連して、クモハ73359とともに試作更新(クモハ73001, 233, 387、モハ72024, 233)とは別の、「量産全金更新でありながらシル・ヘッダーがある異端車」であることが初めて記述されたのではないかと思います。

横須賀色のモハ72511について
 P39に横須賀色のモハ72511の写真が紹介されていますが、山スカ、御殿場線、中央西線以外の横須賀色の72系の写真を見たのは初めてです。所属が「東チタ」と書いてあって、熱海での撮影(1963.11.24)なので伊東線の区間運転用のようです。右側に移っている車はモハ32系列の戦前型で、もしかしたらサロハ49型かもしれません。

仙石線アコモ改造車の最終運転について
前納さん
 仙石線アコモ改造車の最終運転ですが、RP85-7号に103系3000番台への改造のための車両回送について記述した章(P81~83)があり、1編成が60-3改正前日まで使われていたという記述があったことを思い出しました(写真は前々日の3月11日撮影のものを掲載)。JR電車編成表1985年版にも記述があり、編成はクハ79601 - モハ72975 - モハ72976 - クハ79608との記載がありました。
 

ピクの72系特集

 投稿者:1380  投稿日:2017年 9月24日(日)23時09分10秒
返信・引用 編集済
  私も読ませていただきました。

案の定と言いますか、全般的に、やはり実車の写真と本文との齟齬が相変わらず多いというのが、率直な感想です。

特に、73系の東鉄試作更新車の写真は、今回5両全部出揃っていますので、以前ここで討議されていたように、A工事→モハ72108・モハ72263、B工事→クモハ73096・モハ72098、C工事→モハ72045で一応決着しておいて、次回以降はそのように情報を修正していただくのがベストではないかな、と思いました。

さすがに、サハ78509の「昭和47年5月アコモA改造・昭和48年2月廃車」などというダウトは消滅していましたが。(あるサイトで、3段窓のままだった同車の写真を確認していますので。)

いずれにしましても、72系の誕生から既に60~70年経過していますが、まだまだ解明されていない問題は山ほどありますので、雑誌記事のみに頼らずに、皆様方で研究を繰り広げていきたいと思います。

以上です。
 

DT14,15台車装備の73系:DT14台車装備車の一覧

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 9月24日(日)00時04分4秒
返信・引用 編集済
  次にDT14台車装備車の一覧です

車号 モハ63時代 台車 観察年月 所属区 備考
72209 63666 DT14丸穴 S44/03以前 蒲田 73おやぢさんより
72220 63654 DT14の記載(首都圏の72系)
72233 63806 DT14の記載(最盛期の国鉄車両2)
72311 63836 DT14長穴 S39以前 東神奈川 73おやぢさんより(20100315)、JTBブックス「国鉄特急電車物語」より
72312 63814 DT14混在 S53/02 長野 クモヤ90801に改造
72313 63826 DT14長穴 S46/03 松戸
72318 63810 DT13 S45/09 東神奈川 モハ72改造時DT13に交換の記載(最盛期の国鉄車両2)

73064 63832 DT13 S41/01,S53/01 明石、沼津
73066 63828 DT14長穴 S44/03以前 中原 73おやぢさんより
73090 63824 DT14長穴 S50/03 広島
73092 63650 DT14丸穴 S46/03 青梅
73094 63816 DT14長穴 S45/10 広島
73098 63838 DT14長穴 S50/04 広島
73108 63802 DT14長穴 S44/03以前 下十条 73おやぢさんより、後にDT13に振替
DT13 S50/02 淀川
73126 63830 DT14長穴 S50/03 東神奈川
73128 63818 DT14長穴 S50/03 広島
73130 63834 「首都圏の72系」には記載なし
73147 63571 DT14の記載(首都圏の72系) 製造時DT14装備車以外の番号
73148 63804 DT14長穴 S50/03 広島
73152 63810 DT14長穴 S46/03 沼津
73158 63822 DT14長穴 S44/03以降 中原 73おやぢさんより
73160 63840 DT14長穴 S43/06 沼津 RP17-11号
73166 63820 DT13 S50/02 東神奈川
73295 63652 DT14丸穴 S44/03以前 下十条 73おやぢさんより、RP03-2号(特集・阪和線)ではDT14(鳳電車区所属)の記載
73313 63808 DT14丸穴 S58/08 広島
73400 63856 DT13 S50/07 沼津 クモハ73902に改造
73401 63855 DT14長穴 S49/03 東神奈川
73402 63858 DT14長穴 S45/11 松戸
73403 63857 DT14長穴 S48/07 淀川

 こちらも今回のRP誌で新発見があり、クモハ73160の台車の形態がP105の写真でDT14の「長穴」らしいことがわかりました。
 また、P39のDT14装備モハ72の記述で、「5両存在」とありますが、先行装備車から2両改造されており、これを加えると7両になります。「1両はDT13への履き替えが確認」の記述がありますが、この車はモハ72318です。残る6両は「首都圏の72系」でDT14装備の記述があり、さらに何両かは写真も確認されています。
 こちらでは、後天的にDT13になった車は72318, 73064, 73108, 73166, 73400(73902)で、昭和30年以前の交換が確定しているのは72318, 73400(73902)、遅いのは73108(昭和44年2月以降)です。後天的にDT14になった車は「首都圏の72系」の記述だけですが、73147があります。また、73130が製造時DT14装備のはずですが、「首都圏の72系」のDT14台車装備車の一覧には入っていません。DT15の方でモハ72307の記述も「首都圏の72系」には入っていなかったことから、この車は確かにDT13に振り替えていたのか、それとも調査から漏れていたのかはわからず、結果的にこの車だけ空白になっています。

「特発」の札について
白い陽さん
 「特発」について、ちょうどP23に写真がありました。写真は総武緩行線の特発列車の津田沼への回送で、三鷹からのモハ72850台3両をクモハ73型3両混ぜた、「6M」の編成が臨時の組成であることを感じさせます。この写真では助士席の下降窓のところに「特発」の札を付けています。

写真の撮影年月日の疑問について
 P27下の御殿場線の73系の写真ですが、撮影が「1973.1.15」となっていますが、先頭車両は明らかにクモハ73064、さらに3両目はモハ72920台なので、これらの車は1973年にはまだ御殿場線に入ってきていません。おそらく西暦と昭和の変換ミスで、「1978.1.15」が正当と考えられます。
 また、P72の原型時代のクモハ73001は撮影が「1966.1.3」になっていますが、この時はすでに全金更新されています。おそらく「1956.1.3」が正当で、キャプションは「モハ73001」となるべきです。
 

DT14,15台車装備の73系:DT15台車装備車の一覧

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 9月23日(土)23時47分55秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

今日まで用務で熊本へ出張しており、RP誌は熊本で購入しました。
 今回のRP誌での一番の驚きは私も、73おやぢさん指摘の「DT15台車を装備したモハ72型(72307)」です。他、DT14,15装備の車についてけっこう記述があったので、以前のこの場でコンパイルした、DT14,15台車装備車の一覧を再掲したいと思います。
 まず、モハ72307の発見が話題になったDT15台車装備車です。

車号 モハ63時代 台車 観察年月 所属区 備考
72307 63781 DT15丸穴 S39/07 下十条 クモニ83011改造時DT13に交換、RP17-11号

73050 63678 DT15丸穴 S38/06 作並 クモハ490-2に改造、製造時DT15装備車以外の番号
73052 63823 DT13 S50/05 淀川
73073 63632 DT15長穴 S45/08 淀川 製造時DT15装備車以外の番号
73123 63791 DT15長穴 S46/03 沼津
73131 63783 DT15の記載(首都圏の72系)
73191 63773 DT15丸穴 S50/09 中原
73193 63787 DT15長穴 S46/03 沼津
73197 63789 DT15長穴 S50/09 中原
73199 63797 DT15長穴 S50/02 津田沼
73205 63779 DT15丸穴 S50/02 明石
73207 63793 DT15長穴 S50/11 豊田 全金更新車
73273 63771 DT15丸穴 S50/09 中原
73283 63775 DT13 S44/03以前 下十条 73おやぢさんより
73285 63777 DT15丸穴 S50/05 明石
73299 63817 DT15長穴? S47/11 富山
73303 63839 DT15丸穴 S50/04 陸前原ノ町
73305 63833 DT15丸穴 S50/07 富山
73319 63809 DT15長穴 S50/04 陸前原ノ町
73321 63799 DT15長穴 S50/06 陸前原ノ町
73323 63807 DT15長穴 S50/06 陸前原ノ町
73325 63795 DT15長穴 S50/11 弁天橋
73331 63825 DT15丸穴 S50/04 陸前原ノ町
73337 63801 DT13 S47/02 浦和
73349 63805 DT15の記載(首都圏の72系)
73351 63803 DT15長穴 S50/12 品川
73355 63815 DT15長穴 S44/08 富山
73357 63821 DT15丸穴 S44/08 富山
73361 63835 DT15穴不明 S47/11 富山
73363 63813 DT15長穴 S49/09 富山
73365 63829 DT15長穴 S44/03以前 下十条 73おやぢさんより
73367 63819 DT15の記載(首都圏の72系)
73369 63837 DT15丸穴 S50/04 淀川
73371 63831 DT15長穴 S44/03以降 下十条 73おやぢさんより
73373 63785 DT15長穴 S48/11 東神奈川
73377 63827 DT15丸穴 S50/04 明石
73383 63811 DT15長穴 S50/03 広島

 P70のDT14, 15台車装備車の表や、写真頁の記述は、「新製時に装備していた車の番号」で管理されているため、後天的にDT14,15になった車が漏れています。また、DT14については、昭和22年度に先行してモハ63450, 652, 654, 666に装備されており、これが漏れています。
 モハ72307は、元番号からはDT15装備が推測されたものの、早期にクモニ83011に改造されているため、写真による確認は絶望視されていたことと、後のクモニ83023,024を富士重工で改造した際に「台車がDT13でない」という理由で改造種車を交換した実例があるため、DT15装備だと改造種車から外された可能性を予想していたので、「DT15を装備している証拠写真の発見」は驚きでした。また、モハ72307のDT15確定により、製造時DT15装備の車のその後が「首都圏の72系」の記述(P52)のみのものを含め、全車が確定したことになります。3両(73052, 73283, 73337)が割と早い段階でDT13に振替え、代りに73050, 73073が後からDT15へ振り替えています。このため、余剰のDT15が1両分発生するのですが、これが「モハ71001」製造に使われたと考えられます。このため、DT13になった3両のモハ73型のうち、少なくとも1両は昭和27年には振り替えられたと考えられます。
 

お礼

 投稿者:白い陽  投稿日:2017年 9月23日(土)00時59分14秒
返信・引用
  73おやぢさん

79332について、ありがとうございます。どこかで特発の札を提げた79332の写真を見覚えあらのですが、変わりない写真だったので記憶にないこと、キャプション以外に番号を確かめる術がないこと…などから断定を避けておりました。

さて、長年のうちに時代も変化してきて、今や塗り屋根の塗料を変更するにも届け出が必要な細かい時代、今の尺度で昔の改造や運用などを想像すると考えられないような事も多々あると思います。
想像を巡らせて得た推論があまりにもあり得ない方向へいってしまうこともありますし、是非今後とも迷える子羊に道標をお願いします!
 

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