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遅報です

 投稿者:白い陽  投稿日:2017年 9月21日(木)21時45分45秒
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  こんばんは。

RPの72系特集、先ほど購入しパラパラ読んだところです。
掲載に驚いたのは、まぁ当然のことながらDT15のモハ72、関東の試作鋼体強化車…と73おやぢさんと変わりはないのですが、未発表写真も多くかなり興奮気味です。

79332、79334の前面開閉窓の木枠が製造所由来の特徴という新説にも驚きましたが、内容が多岐に渡るため、キャプションの混乱、ミスも散見されるのは致し方ないところでしょうか。

クモハ73503さん
アコモの記載はやはり抜け、混乱のあるままでした。


またRF誌の80系の記事ではモハ80基本番台の簡易運転台取付車の写真も公表されております!


 
 

速報です

 投稿者:73おやぢ  投稿日:2017年 9月21日(木)20時07分3秒
返信・引用
  みなさん、こんばんは。

RP72系特集号、個人的に感じたことを少々。

一番の衝撃は、39ページの72307(DT15)でした。DT14・15は早期の振り替えがあって、本来はDT15でないはずの車両に付いていたり、71001の台車はどこから来たのかなどと考えると、72307の台車は本当にDT15なのかなぁと、今まで疑っていましたが、動かぬ証拠が出て認識を新たにしました。

次の衝撃は、41ページの72045です。我が家のボケ写真は雨樋の形状が不明なので2014年5月11日の私の投稿では「9割9分、木製屋根」としましたが、今回は木製雨樋が明瞭につき「100%、木製屋根」と訂正します。やはりC工事は確実でした。

三番目の衝撃は、82ページの72108です。たまたま両隣が出自を同じくする63系ですが、72108の幕板は63系特有の”貧相さ”が感じられず、とても明朗で力強いです。よく見ると光線の加減で雨樋の下に1本のスジが長手方向に見えることから、ここが本来の長桁位置と考えられ、スジから上は追加延長のようです。その上に掲載された72263も幕板は同様に明朗なので、72108と72263は一番手の込んだA工事ですね。なぜなら63形の長桁位置は低いため、そこへ鋼板屋根用の垂木を載せると低屋根になってしまいます。そこで柱を延長したのか、新たな長桁に相当する梁を追加したのか、具体的な工法は不明ですが、明らかに幕板がかさ上げされています。

などと考えていたら、73096と72098の屋根Rが早い段階から始まっている原因に思いあたりました。この2両はB工事ですから、従来の木製屋根用の垂木を流用して鋼板を張っただけです。側板の上方の終点は山形鋼の長桁の上面とツライチであり、なおかつここが屋根Rの始点なのですが、木製雨樋の場合は長桁の上に載った添え木に止められているので、基本的に樋の裏側に側板は存在しません。つまり、側板の終点は外観の見た目よりかなり低く、73096の屋根Rが木製雨樋車より早く始まっているように見えるのは、側板を削ったり切り取ったりしたわけではなく、当然の構造なのでした。

今回も本文や写真キャプションは従来からの説をそっくり踏襲した内容のため、東鉄試作更新の解説は上記の私の見立てとは異なっていますが、個人的には1963年電車形式図の分類がこれらの写真によって矛盾なく補強、証明されたと感じています。

その他にもいろいろあるのですが、とりあえず速報でした。写真は豊富ですから、みなさんもお楽しみください。

 

台枠垂下とかクハ47011とか

 投稿者:すぎたま  投稿日:2017年 9月20日(水)20時34分36秒
返信・引用
  みなさんこんばんは。

クハ47011について。
豊川鉄道サハ1形の台車利用というのは、今時かなりな驚きですが、台枠は新製説が有力なようですね。
原口さんがご覧になっている資料は、床下からもぐった形の写真なのではないかと思いますが、台枠の各部(特に中バリと横梁などの接合部)が、リベット止めになっているのでしょうか。もしリベット止めなら流用台枠、溶接台枠なら新製台枠かと思われます。

車体垂下について。
江ノ電の303-353号の画像を、拙HPより転載いたします。だいぶ中央部が下垂しているのがおわかりになられるかと思います。これが原因かどうかはわかりませんが、その後休車を経て、「台枠損傷のため」とかで廃車になってしまいました。
この例では、冷房化に伴う補強がどうしても不足していたのではないかと思われます。江ノ電では、特にこの編成には補強を十分と思われるだけしたのだそうですが、結果的には、やはり、というところなのでしょう。

E系の車体しわについて。
これまた拙HPから転載で、E231系(総武線使用車)の「台枠部」の画像をお目にかけます。
ご覧のように中バリは通っておらず、横梁には軽量化のために多数四角い穴があけてあります。側梁に至っては、コの字形の細めのチャンネル材に見えます。このように、例えば旧形国電、さらには新形国電ともそもそも設計の思想が異なるようにも思えます。強度は車体全体で保持する思想で、新性能国電や軽量車体の車輌では、既にそのような思想のもと設計が行われているとは思えますが、ステンレス化と簡素化のもとで、それをいっそう進めた感じです。
つまりある程度の変形は許容した上で、極端な壊れ方はしないレベルの車体強度とでもいいましょうか。
これは合理的な設計なのでしょうが、台枠は思ったよりしっかりしているように見えるものの、車体の乗客が乗る部分の強度が足りているのか、という点については、中目黒事故で壊れた側板が乗客の首を飛ばした話とか、福知山線事故での様子などを見ていると、心情的には心配にならないと言えばウソになりましょう。

新性能国電で可能な改造は?
新性能電車または軽量車体車での「車体延長」は、聞いたことがありません。実例ありましたっけ?。運転室の接合(例えばクモハ419とか)はありますし、車体の短縮は一応大井工場「たんぽぽ号」や、東芝の謎のクモハ100(3ドア)などごく少数ありますが、軽量車体車の台車間での台枠切断と接合は、当時の運輸省が許可しなかったのでは、という話も聞いたことがあります(確かかどうかは不明)。
そうすると、オロ11形の屋根すげ替え、オユ10の冷房改造などは、多分に実験的要素を持っていたようにも思われます(その割りには、オユ10の車体がゆがんだという話は聞きませんね?)。
なので、101系900番台で、屋根をすげ替えて雨樋を外に出したというのは、特開口部が大きい通勤電車の場合、困難かなぁという気はいたしますね。

小田急1500の戸袋部分しわ。
小田急1500形(現在は編成組み替えで1700)は、登場当初からすぐに、運転室直後の戸袋部にしわが寄り、「あそこに応力が集中しがちなのかなぁ」などと思っていたものです。

失礼いたします。

http://princesscomet.net/

 

外板のしわその他について

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 9月19日(火)23時37分13秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

外板のしわについて
白い陽さん
 車体の歪みについてのコメントありがとうございます。
 しわの話の続きになるのですが、ステンレス車で「V字型のしわ」が典型的だったのは茨城交通ケハ601で、この車の場合ディーゼルエンジンの荷重のためとされています。現在那珂湊機関区で足回りを外されて車体だけ鎮座していますが(写真上)、長年の荷重が抜けたためか、「V字状のしわ」は気づきませんでした。写真中央は中央扉ですが、「日本初ステンレス気動車ケハ601展示会場」の張り紙の辺りに何となく「V字状のしわ」の一端が伺えるように見えます。一方で、上の全体写真でも見られますが、「スポット溶接の押さえ」が強調されているように感じ、これも荷重がかかったり抜けたりを繰り返して外板がたわんだことを示すものだろうか、と思っています。ケハ601は長らく倉庫代用になっていたのですが、最近はイベントスペースとなっており、色々な展示が行われていることが有ります(写真下)。これらの写真はいずれも2011年3月6日撮影です。
 また、最近のE231系以降では、近郊タイプの運転席直後の戸袋部分に水平にしわが入っているのをよく見る気がします。これはごく最近のE233系でも見られ、構造上この部分に応力がかかりやすくなっているのかもしれません。

扇風機取付座について
スカセンさん・EF651047さん
 扇風機の「取付座」の言葉を見て、RP誌のスハ43系特集でスハ43系の登場時「急行用として使う車にのみ扇風機の取り付け座を設けた」との記述を見たことを思い出しました。扇風機そのものではなく、扇風機「取付座」なのが世相を反映しています。

車体更新時の窓の交換について
1380さん
 JR東海103系のユニットサッシ化が施行車と未施行車が混じっていたことは私も気になっていたところでした。103系でのお話と、JR西日本115系の例を見ると、窓のパーツを交換する作業はタイミングが良くないと車体の状態悪化のリスクが大きくなることが伺えます。
 

Re: 扇風機取付座

 投稿者:スカセン  投稿日:2017年 9月18日(月)21時48分42秒
返信・引用
  > No.2328[元記事へ]

EF651047さんへのお返事です。

ご指摘ありがとうございます。
加齢とともに昔の記憶が薄れてしまい、掴み棒の存在を忘れて誤記しました。
ところで話は変わりますが、70系と「72系≠73系」に(それと32系にも)一両も保存車がないのは、残念です。

>  72・73系の扇風機ですが、室内灯と同じ位置で8箇所が所定です。ただし、全金車と全金更新車はグロベンが半ピッチずれたのに合わせて7箇所になっています。72・73系ではドアの真上にグロベンがあり、その下は掴み棒なので、その位置に扇風機は付きません。
 

中央西線の103系

 投稿者:1380  投稿日:2017年 9月18日(月)16時31分38秒
返信・引用 編集済
  原口さん、ご意見有難うございました。

実は、JR東海中央西線の103系リフレッシュ工事車にも同じような事象がありまして、それは全車両がユニットサッシ化されたわけではありませんでした。

私自身が、実は四半世紀前に、某雑誌に仙石線の103系更新車と中央西線の103系リフレッシュ工事車(執筆時はそのような語彙があったとは知らず「更新車」と記してしまいました)とを比較する記事を発表させていただいたことがあり、その中で、後者のうち一部の車両が原形窓のままであったことから、ゆくゆくは全車両がユニットサッシ化されるのではないかと想像していたのですが、実はその数ヶ月後に補足記事があり、それによれば、ユニットサッシ化が行われていない車両がいるのは、リフレッシュ工事を受ける以前に、特別保全工事を受けて窓枠が新品に交換されていたためである。また、ユニットサッシ化が行われたことで、かえってトラブルが発生した、などという意味のことが仔細に記されており、ようやく納得した次第でした。

要するに、特別保全工事施工車両は、リフレッシュ工事の際のユニットサッシ化が免除されていたことになります。また、本文には直接記されていなかったと記憶していますが、車体の経年変化自体が、外板とユニットサッシとの接合部でのトラブルの原因となったのではないかと思われます。

同様なことは、首都圏で車両更新工事を行った後で、仙石線に転属した103系更新車についてもいえたのではないかと思われます。

ちなみに、側面のユニットサッシですが、仙石線の103系更新車にはバランサがついていましたが、中央西線の103系リフレッシュ工事車にはバランサはありませんでした。

以上です。
 

避雷器

 投稿者:白い陽  投稿日:2017年 9月18日(月)02時50分34秒
返信・引用
  こんばんは。

73おやぢさん

避雷器の特修工事について、初耳情報でありがとうございます。受け持ち車両の入れ替わりなどでスポット的に工事が抜けてしまったのでしょうか、避雷器に限らず時々そういう車がありますね。
いずれにしても大変参考になるお話をありがとうございました。

車体の歪み等

原口さん
車両は荷重がかかった状態で最良の条件になるよう設計されています。そのため台枠も空車では中央部分が高くなっているのが普通です。長年にわたる走行振動や、荷重変化による車体たわみの繰り返しにより各部に寸法狂いが生じるのは普通のことで、その原因が一概に台枠下垂だけとは言えないと考えています。
209系では戸袋部分にみられる外板の歪み同様、旧63型改造車では前面腰板部分の外板、行き先板入れの両側に「ハ」の字にシワがよった車両が多々見受けられました。
 

クハ47011の台枠について

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 9月17日(日)23時56分45秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

クハ47011の台枠について
 以前、すぎたまさんより省電が種車ということになっている小田急1700形の「モハ30型、32型由来の車の謎」と「モハ43型由来の車の謎」の話を伺いましたが、両方が一緒になった謎が「クハ47011」にあります。
 クハ47011は、昭和25年に事故で焼損した「モハ30173」を種車にして昭和27年に豊川分工場で復旧した車ということになっています。この復旧の仕方が、「台枠を延長の上、20m級2扉クロスシートの車体を乗せた」と、どの文献でも記述されています。モハ30173は魚腹台枠のはずなので、この台枠を利用したとすると、クハ47011は魚腹台枠を継承するはずなのですが、写真では魚腹台枠が見当たりません。例えば「最盛期の国鉄車両1 戦前型旧性能電車」P212のクハ47011の写真では、床下に魚腹台枠は見当たらず、しかも中央に水タンクがぶら下がっています。
 魚腹台枠のまま車体を延長した例は、マニ60形200番台が該当します。写真は模型での表現で、奥はKATOのクモハ11、クハ16型浜川崎線セットのクハ16007(奥)と、同じくKATOのマニ60形200番台(手前:元は急行「大雪」セットとして最初に発売されたもので、急行「きそ」用として加工)です。60系鋼体化客車の鋼体化時、魚腹台枠車は、魚腹台枠が中央を縦通しているために水タンクをぶら下げることができないので、旅客車にはならず、マニ60形(使用する水の量が少ないことが見込まれるので水タンクを室内装備で間に合うため)に改造された、といういきさつがあります。魚腹台枠を延長する時、どこに継ぎ足し材を入れたか考えたのですが、KATOの製品では、中間の魚腹部が延長されているように解釈されています。また、RP01-5号(60系鋼体化客車特集(1))P25のマニ60 245の写真でも台車のすぐそばから魚腹台枠が始まっていることが確認できます。この写真とクハ47011の写真を比較すると、「モハ30173の魚腹部の梁はクハ47011には使われていない」と考えられます。
 モハ30173の魚腹部の中梁が使われていないとなると、クハ47011の中梁はどこから来たのかが問題になりますが、改造当初の台車は豊川鉄道サハ1~4に由来するTR11を装備していたので、中梁も豊川鉄道サハ1~4から調達したのではないか、という可能性が考えられます。モハ30型由来の車端部の裾の形状も、クハ47011は継承していないことから、モハ30173に由来する鋼材の使用の割合は低く、継承したものは制御、ブレーキ関係の機器だけで、「名義だけの継承」に近いのかもしれません。

40N工事車について
すぎたまさん
 車体の溶接方法の変化について、具体例として、RF誌の115系3000番台の新車紹介記事(確か57-11改正の特集号)で記述があったことを思い出しました。連続溶接の導入の他、裾の部分の外板をステンレスにすり、という記述もありました。
 車体のゆがみが原因かもしれない現象は165系で実際に見ています。1990年代前半の静岡在住時に静岡から下り大垣夜行を使った時、静岡着の前(確か沼津の辺り)で客室の窓ガラスが1枚割れ、静岡停車時にアルミサッシごと交換する作業を行ったのですが、ワンタッチで取り替えることができず、トンカントンカンと色々調整をしてアルミサッシをはめ込んでいました。
 また、最近の車両では209系に台枠下垂を実見しています。特に夜間に見ると、戸袋窓部分の外板に車体中央を基準としてV字型にしわが寄っているのがはっきりわかり、台枠下垂が起こっていることがわかりました。2000年代初頭の時点で戸袋窓のしわが顕著だったので、当初の車齢と想定された13年を待たずにリタイアする車が出るのではないか、と思ったものです。

避雷器について
73おやぢさん
 避雷器の情報をありがとうございます。昭和41年ごろからドラム缶型への整備が始まったとなると「最盛期の国鉄車両」「国鉄電車ガイドブック」の頃が確かにちょうど過渡期になりそうです。また、件の写真は昭和49年のモハ72953とのことで、田中さんのモハ72954と併せ、遅くまで亀の子型避雷器が残った車もいたことに驚きです。
 

扇風機取付座

 投稿者:EF651047  投稿日:2017年 9月17日(日)23時00分28秒
返信・引用
   72・73系の扇風機ですが、室内灯と同じ位置で8箇所が所定です。ただし、全金車と全金更新車はグロベンが半ピッチずれたのに合わせて7箇所になっています。72・73系ではドアの真上にグロベンがあり、その下は掴み棒なので、その位置に扇風機は付きません。  

Re: 最近、とても気になること

 投稿者:スカセン  投稿日:2017年 9月17日(日)22時31分17秒
返信・引用 編集済
  1380さんへのお返事です。

スカセンです、初めまして。
私も、同じ4ドアロング車とはいえ、72系と73系は別物だと考えています。
それが証には、4ドア車に置き換え当初のオサ緩行や中央西線では、
63系出自の車両(除く全金改造車)はお断りとなっていましたから。
もし、63系を早い段階ですべて全金車に更新していたら、
現実には旧63系と混同されて白い目で見られていた、72系の評価も上がっていたと考えます。

それから、釈迦に説法ながら&遅まきながら原口さんへのご返事です。
記憶によると、昭和40年代のマト区の72・73系の扇風機の取り付け座は、各車7か所でした。
しかし、実際に扇風機が取りつけてあるのは、各ドア直下の4か所のみと記憶しています。

sukasenndesu,

 

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