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明けましておめでとうございます、関西圏の73系など

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 1月 1日(日)09時46分57秒
返信・引用 編集済
  皆さん明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします

千ツヌさん
 早速ご紹介のホームページを拝見させていただきました。紹介されている写真について、速報としてコメントをしたいと思います。
 一番上にカバー写真として紹介されており、下の方で番号付きで紹介されているクモハ73377は、前面窓が中央だけ木枠原型で残っているのが特徴的でしたが、ちょうどこの時期の写真がRP00-5号の73系特集で写真が紹介されています。この形態で前面窓がHゴム化されたのは、他にクハ79304がいました。この車はこの形態のままで房総ローカルに転出しており、関東でも独特な形態で異彩を放っていました。一方でクモハ73377は前面をさらに工事されて、関西では一般的な大―大―小のレイアウトになっています。

クモハ73049は、富山港線での活躍が有名な車ですが、京阪神緩行線に最後まで残った全金更新車でもあり、RF96-1号の73系特集でも、昭和50年になってから京阪神緩行線で走っている写真が紹介されています。拡大写真が紹介されており、前面の「パンタ鉤外し」が紐ではなく、「クランク状の棒」であることがよくわかります。富山港線に転属してからはパンタ鉤外しは室内引き込みに改造され、前面の鍵外しは撤去されました。

クモハ74064は、房総ローカルから御殿場線での活躍が有名ですが、京阪神緩行線時代を元関西旧国利用者さんが撮影しており、「お客様の部屋」で写真が紹介されています。この車は関西時代も東鉄時代の箱サボ枠を残しており、この上に掛けサボフックを付けていました。元関西旧国利用者さんの写真でも、中間連結ですが、箱サボ枠が残っていることが確認できます。

クモハ73119は、昭和50年夏に富山港線に貸し出されており、RP83-11号(特集 去りゆく旧型国電)の富山港線の車両の項目中の車両の在籍経歴表でも記載されています。富山港線の後は現役復帰せず、年末荷電に使われており、この時期の写真を田中景一さんが紹介しています。富山港線時代の写真も紹介されているのですが、これ以前の京阪神緩行線時代の写真は初めて見るものです。

クモハ73233は、3両いた大鉄全金更新試作車(73001, 73233, 73387)のうち、唯一京阪神緩行線に最後まで残った車です。この車は模型を製作していますので写真を紹介したいと思います(写真上)。TOMIXのクモハ73型全金更新車のうち最初の富山港線セット(4両セット)に入っている吹田工場型全金更新車から、前面窓を700mm幅窓が3枚並ぶように窓を開けなおし、シル、ヘッダーを貼り付けました。

クモハ73329は芝生さんも写真を紹介していますが、実はこの車は昭和47年夏に富山港線に貸し出されていました。これは、上記のRP83-11号でも記載から抜けているものです。ちょうどこの時期に富山港線を訪問した方がいて、富山港線で走るクモハ73329を撮影しています。

モハ72018は「方向」が奇怪な変化をした車です。
紹介の写真でも、エンド標記がパンタとは反対側に付いているのが変だと感じると思います。芝生さんがパンタ側から撮影した写真を紹介されており、「パンタ側に銘板が移っている」ことが確認できます。
この車は昭和45年の写真が「旧型電車ガイドブック」に紹介されており、この時点ではパンタ側にエンド標記がある普通の車でした。但し、偶数向きで、ドアコックが普通の車とは反対の位置(車番の後ろ側)に付いているのが特徴的な車でした。これが、昭和47年ごろにエンド標記だけが前後入れ換わるとともに従来の前位に「3」「4」のエンド標記が書き込まれ、4隅すべてのエンド標記がある状態になりました。このあと、「3」「4」のエンド標記が消去されると共に銘板も反対側に移りました。このけっか、「方向」としては奇数向きで、ドアコックも普通の位置にあるのですが、パンタが後ろに付いている、という形態の車になりいました。
このモハ72018も模型を製作しているので写真を紹介したいと思います(写真中央)。この車も同様にTOMIXのクモハ73型全金更新車から工作しました。銘板は、芝生さんの写真から、外側に2枚付いていることがわかるのですが、改造の経歴から、さらに2枚付いていたと考え、模型のようなレイアウトだったと考えました(写真下)。

モハ72042は元関西旧国利用者さんも写真を撮影しています。
実は「モハ72000台の方向」についてかなり昔の、「我が心の飯田線掲示板」が発足する前の前身となる掲示板で話題になったことがあり、モハ72000台全金更新車の方向が調べられました。モハ72000台全金更新車は後年は多くの車が房総ローカルに集結し、写真が確認できたのですが、写真のモハ72042は「偶数向きの可能性があるモハ72000台全金更新車」としては最後まで写真が見つからず、「調査の空白」となっていました。この時に元関西旧国利用者さんがモハ72042の写真があることを紹介して下さり、調査の空白が埋まったものです。
なお、この車も「方向がひっくり返された時期」がありい、エンド標記が反対側に付いている写真を元関西旧国利用者さんがこの場に紹介して下さったことがあります。ただし、この車は反対側で方向が固定されず、元に戻りました。

モハ72663,665の2両は、アルミサッシ2段窓になっていますが、この工事は吹田工場で行われており、昭和41年度に東鉄でモハ72形6両、大鉄で2両がアルミサッシ2段窓に工事されており、この一員です。この工事はRP00-5号や、「旧型国電50年」の2段窓化の表でも掲載が漏れているので注意が必要です。

他にも多くの写真が注目に値するものだと思いました。

改めて、今年もよろしくお願いします。
 
 

西のクモハ73

 投稿者:千ツヌ  投稿日:2017年 1月 1日(日)00時04分26秒
返信・引用
  クモハ73063、2位側プレスドアの種類の件
お世話になりました。高槻→津田沼より以前の池袋時代にもう客ドアはオリジナルではなかったようです。
関西系のHゴム73系 私は、下記ホームページより楽しんでいます。
カラーもあり、写真も上手で模型製作者ならやる気になるページだと思います。
既に皆さんご存知なら すみません。

http://blog.goo.ne.jp/ken328_1946/e/58bf4d595539502a3c62c4a67aed5e2e?fm=entry_awc
 

鶴見線海芝浦駅の夕景など

 投稿者:原口 悟  投稿日:2016年12月31日(土)21時30分25秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

今日は海芝浦まで出向き、夕景を見てきました。海芝浦駅は昨年末も訪問したのですが、この時の使用列車は鶴見15:20発の列車で、今回は日没時間に近い1時間後の鶴見16:20発の1605列車を使いました。この海芝浦着が16:31でこの季節ちょうど日没の時間になります。また、海芝浦駅ホームの方向に日が沈むため、上の写真のような光景になります。
写真中央はこの運用に入った車両で、中原電車区T17編成(クモハ204-1107―モハ205-41―クハ205-1107)です。
写真下は海芝浦駅の1つ手前の新芝浦駅の「駅名標」です。鶴見線には写真のようなJR標準型でない、国鉄時代の標準型に近いものが多く残っています。

都営新宿線10-300R型について
前納さん
 私も、10-000中間車と組んだ10-300型先頭車が10-000型とともにそのまま廃車になっていると話を聞いています。そのまま廃車になっている理由は、引き通し配線が10-000在来車の方に合わせられているため、新たに現在製造中の新10-300Rに配線を合わせるには、在来の配線を全部引きはがし、新規に引き直す工事が大規模になること、および、10-300Rが製造された時に対し、現在の新10-300型の適応タイプがE231系からE233系に替わっており、製造時の配線のレイアウトが使えなくなっていると思われることが考えられます。10-000オリジナル編成と10-300R混成編成の減少ペースを比較すると、10-300R編成の方が早く無くなる可能性もあります。

明石電車区の73系について
73おやぢさん、白い陽さん
 私も写真を拝見してきました。
 私としての注目は、クハ79920台と並んだ、Hゴム窓の大きさが「小―小―大」のクハ79100台(クハ79128と白い陽さんが指摘した車両)で、関西の73系では多く見られる「大―大―小」とは正反対なのが変わっていると思いました。
 クハ79920台は、昭和49年頃には、高槻に79920, 922、明石に79931が残っていただけで、写真の車は偶数向きなので、79920, 922のどちらかと思ったのですが、昭和45年までさかのぼると、高槻に79932が在籍しており、この車の可能性もあります。ただ、側窓が角ばっているように見えるので、やはりクハ79920,922と考えられます。ちなみに、明石電車区にはより多くのクハ79920台がいたのですが、ロング―クロス転換車のクハ79929を含む、奇数向きの車ばかりで、当時も偶数向きの車は79920, 922だけでした。クハ79920、922は富山港線に転属してからは「運転席窓のデフロスターの支持の形」に違いができたので区別ができるのですが、当時はこの個体差ができる前なのでどちらの車かは区分できないのが現状です。
 また、「クハ79400台」とされている車は、雨樋が木製であること、公式側前から2番目のドアがプレスマークの無い扉であることが確認できます。実は、私の方でデータコンパイルでは、このドア形態の車が確認できませんでした。末期まで京阪神緩行線に残った車では、438, 454、房総ローカルに転属した436が公式側のドアが全てプレスマーク付きであることを確認しています。
 「クハ79400台」の右の遠くに見えるクハ79形は、昭和28年型であることはわかるのですが、助士席側の2段窓の上段だけが黒Hゴムの形態は、まずずっと関東にいたクハ79344がぴったりなのですが、もちろんこの車は関西には縁がなかったので別の車になります。また、京阪神緩行線から房総ローカルに転属したクハ79348がこの形態であることを確認しました。クハ79348は、台車がTR36に交換されていたのが特徴で、別に台車が確認できる写真があれば、同定が可能かもしれません。また、対象から外れるのは79322, 324, 326, 334(いずれも全て白Hゴム)ですが、転出先で助士席窓を改造された79328, 338がいて両車も写真の車に該当する可能性を残しています。

それでは、皆さん良いお年を。
 

やっぱりスルーできない

 投稿者:白い陽  投稿日:2016年12月31日(土)21時28分0秒
返信・引用
  連投で失礼します。

73おやぢさん

やはり淀川区の追加Hゴム化の車が気になってしまい、連投になりました。

淀川区で廃車を迎えた73形は割と少ないし、今となっては比較的末期の状態の画像が多く発表されているので対象車両は絞り込みやすいですね。

まず、3枚ともHゴムの車を除外、追加加工ということであれば原型木枠の車も除外。
そうすると、件の73189、左のみHゴムの73081、右のみHゴムの73010、形態不明の73149のいずれかということになりますね。でもここから先には進まないのですが(´・_・`)
 

埋もれてしまう前に

 投稿者:白い陽  投稿日:2016年12月31日(土)19時42分48秒
返信・引用 編集済
  73おやぢさん

先ほど仕事納めしまして、1人侘しく呑んでいるところです。

いつも私の言いたいところを鋭く突いてくれるので本当に嬉しい限りです。長く続くBlogならいいのですが、ある日突然消えてしまうBlogも多いのであえて宣伝させてもらった次第です。こういう記録って本当に貴重だと思っています。
関西のHゴム化は全く73おやぢさんの仰る通りで、ただ情報収集能力の違いは歴然としてしまっていまして、73189の話など初見でしたし、教わることばかりです。

最近になって撮影時期不明、松本運転所に停泊している72系の写真をあげているBlogを発見しました。中央西線の80形やクハユニ56などがいるので、撮影時期はある程度絞れますが、モハは津田沼の低屋根車、果たして貸し出しで運用に入ったのか、はたまた長野工での改造タネ車回送の伴車として使用されたものか、まだまだ知らないことが今頃になって明らかになってくることに驚くばかりです。(73おやぢさんにとっては全部ご存知のことかもしれませんが)

若い方の鋭い着眼点には及ばないにせよ、知りたくても情報がなかった時代を過ごした者にとっても続々出現する新しい情報に踊らされています。


なんだかだいぶご機嫌になってきました。皆さんのお力で新しい年もこの掲示板を盛り上げていただきたく存じます。
毎年、管理人のSatokawaさんと関西旧国利用者さんと芝生さんの墓前で誓っているのになかなか書き込みできずにいることを反省しないといけないですね。そして、HPを存続して下さっている永尾さんにも感謝しつつ…。


また来年もよろしくお願い申し上げます。
 

拝見しました

 投稿者:73おやぢ  投稿日:2016年12月31日(土)18時31分51秒
返信・引用
  みなさん、こんばんは。

白い陽さん

おすすめサイト、拝見しました。
79128と79012、確かにそのとおりです。私はどちらも未見につき、参考になります。
ことのついでに、奇数方で2両並んだ73形も気になりました。右の73形はジャンパの位置から73233とわかりますが、隣にいる右(向かっての意、以下の記述は同様です)のみ小型Hゴムの73形はかなりの難問です。

まずは73205がこの形態ですが、関西の車両は全車が解明されているわけではないので、当然ながら他に存在している可能性があります。それと、もう一点やっかいなのは、吹田では数次にわたる施工が多々あり、過渡期の形態をとらえた可能性も否定できません。

関西ではHゴム3枚支持で、左と中が大型、右のみ小型というタイプをよく見ますが、当初は右のみHゴムとし、そのうち他の窓も具合が悪くなったので追加施工した、という例があるからです。
とんでもない(!?)のは73189で、左が木枠、中と右が小型Hゴムなので、吹田の同時施工と考えがちですが、右のみ小型Hゴムだった時期を確認しています。
淀川の73形(車号は失念してしまいました)で、追加施工によりHゴムが1枚増えたものの、わずか数か月で廃車になり、ほとんど写真が残されていないのでは、というのもあります。

何が言いたいのか、焦点がぼけてしまいましたが、要は関西の電車の顔は複雑怪奇であるから、検証には多数のサンプルが必要であり、こうしたサイトの発見はとても有益だ、ということでした。

では、みなさん、良い年をお迎えください。

 

都営新宿線

 投稿者:前納浩一  投稿日:2016年12月31日(土)02時05分27秒
返信・引用
  原口さん、みなさん、こんばんは。

>10-000型は、中間車と10-300型の先頭車を組み合わせた編成もあるのですが、
詳しいことは存じ上げないのですが、このタイプの編成にも廃車が出ているようです。(新しい先頭車も同時に廃車~北館林で解体)
 

今年の鉄道車両の動向(その4):東京地下鉄日比谷線の車両の交替

 投稿者:原口 悟  投稿日:2016年12月31日(土)01時53分24秒
返信・引用
  12月4日は東武線南栗橋車両基地で蒸気機関車の公開も兼ねた一般公開イベントが行われましたが、これに合わせて、20m級4扉車への置き換えが決定している日比谷線直通車の観察も行いました。写真上は東武20000系3扉車(南栗橋駅にて)、中央は東武20000系5扉車(春日部駅にて)、東京地下鉄03系5扉車(南栗橋車両基地にて)です。
東京の地下鉄関係では、丸ノ内線と都営浅草線の車両の置き換えが発表されており、銀座線、千代田線では車両の置き換えが終了するので、ここ数年のうちに地下鉄の車両が様変わりすることになります。
 

今年の鉄道車両の動向(その3):都営新宿線の車両の交替

 投稿者:原口 悟  投稿日:2016年12月31日(土)01時36分15秒
返信・引用
  今年の秋は10月の富士吉田への出張の他、9月に京王線沿いの桜上水へも用務で出張しており、京王および都営新宿線からの乗り入れ車両、東急世田谷線の車両を観察しました。このうち、都営新宿線の車両に動きが出ているので紹介したいと思います。
都営新宿線では、開業時からの10-000系の置き換えが進んでいます。これに合わせて8両編成から10両編成への編成長変更も進んでおり、8両編成の列車が珍しくなりつつあります。
写真上はオリジナルの10-000型で、9月10,11日昼の下高井戸駅の新宿川踏切付近での観察の間、この車輌を見たのは10日のこの1回だけでした。
写真中央は10-000型の最終増備車で、コルゲートが少なくなったのが特徴です。この車輌も目撃は9月11日のこの1回だけでした。10-000型は、中間車と10-300型の先頭車を組み合わせた編成もあるのですが、この編成は時間内に目撃せず、帰りに1回目撃しただけにとどまりました。これらの車両の観察の直後、9月17日にダイヤ修正があり、10両運用の増加と8両運用の縮小が行われたため、これらの車両を見ることがさらに少なくなったはずです。
写真下は京王7000系のうち、コルゲートの多い初期車で、京王の車両では最古参になりました。京王では「新5000系」の製造を発表しており、近いうちに動きが出る可能性があります。
 

今年の鉄道車両の動向(その2):京浜急行800形、2000形のリバイバル塗装

 投稿者:原口 悟  投稿日:2016年12月31日(土)00時33分49秒
返信・引用
  京急新1000系の導入に伴って800型と2000型が順次置き換えられています。先に報告しましたが、1800型1809~1812編成入線により、2000型2451編成が置き換えられており、2000形4両編成が消滅しました。
800型も数を減らしており、この動きの中で11月に823編成が窓回りが白い登場時の塗装に戻され、運用を始めました。このリバイバル塗装編成にはなかなか出会わなかったのですが、12月21日に金沢文庫駅で出会い、撮影しました(写真上)。なお、現在残ってる800型は、816, 820, 822~827編成を11月以降に目撃しています。
リバイバル塗装は2000型にも先立って行われています(2016年10月24日、横浜駅にて撮影)。写真下のように次の1000系が金沢文庫の工場に待機しており(12月22日撮影)恐らく今年末をもって残る8両編成3本のうち1本が運用を離脱するはずです。
 

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