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トリックorトリート

 投稿者:白い陽  投稿日:2017年11月 2日(木)09時02分22秒
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  73おやぢさん

ありがとうございます。
転入当初の写真は、同時期転入の車の形態が不明のため自分では判定ができなかったです(-_-#)

73080については最近元関西旧国利用者さんが別のサイトで写真を挙げてくれており、昭和47年初頭で木枠のまま、行き先札掛けは帯、歩み板は3本足でした。

73113タイプのHゴム化は79300(昭和27年車)の改造車によく見られるタイプと同じかと考えていますが、各車で顔が微妙に違うことで車号の判定ができる利点…まさかそんな理由で統一した改造をしなかった訳ではないと思うのですが。
楽しませてもらってます(^。^)
 
 

73261

 投稿者:73おやぢ  投稿日:2017年11月 1日(水)19時47分10秒
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  みなさん、こんばんは。

白い陽さん。
なるほど、RPの最新号も貴重写真満載でした。
さて、73261が判明した由、なによりです。同車はRF67年10月号のニュースに阪和入り直後の写真が掲載されていますが、末期の写真は初めてだと思います。

私は関西配置車の顔つきに強い興味はありませんが、車号判定の手がかりにするためのメモは作っています。そこで、ハロウィン(あ、一日遅れでした)プレゼントという訳でもないのですが、天オト73形の形態メモをお見せします。
印刷物やネット写真は車号の誤記の可能性を排除できず、またこの記載(誤記)をもとにした消去法で確定した車号は「ミスの連鎖」となってしまいますので、本メモが絶対とは申しませんが、今後のたたき台としてお使いいただければ幸いです。当然ながら、最終形態が変化していた可能性もあります。

窓の形態は向かって左から示しており、木=木枠、大=大型Hゴム、小=小型Hゴム、東鉄H=いわゆる東鉄式のHゴム、踏板はいわゆる2本足と3本足です。
一般的に大3枚の場合は東鉄式Hゴム車が関西転入後の追加改造でそうなるケースが多いのですが、RP最新号によると天オト転入直後の73113は原形であり、大鉄式通風器つきながら小型Hゴムではないという異端児で、やはり吹田は一筋縄ではいかないようです。
 

東京大学生産技術研究所レポート(その5)東武野田線の急行列車

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年10月29日(日)23時58分3秒
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  東大柏キャンパスへは東武野田線を使いました。

東武野田線は2012年まで通勤で使っていたのですが、通勤で使わなくなってから10000系の転入と60000系の新製投入が始まりました。また、急行運転と、特急運転も始まり、以前とはかなり変わっています。
写真は江戸川台駅での柏行急行と大宮行急行を撮影したものです。

沿線は、岩槻駅の橋上駅舎が竣工し、愛宕、野田市駅の高架駅化工事も始まっており、愛宕駅は東側に仮設のホームができています。
 

東京大学生産技術研究所レポート(その4)パイオニア-III台車

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年10月29日(日)23時51分31秒
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  FS台車とは別に、パイオニア-III台車が搬入されていました。由来は南海6100系6857号車です。南海は、小田急4000系の脱線事故後も、DT13台車装備車と運用を分離しながら使っていたことが知られています。写真中央と下はパイオニア-III台車の特徴でもあるディスクブレーキの接写です。  

東京大学生産技術研究所レポート(その3)テスト用としてのFS台車

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年10月29日(日)23時44分10秒
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  テスト用の台車として、いくつかの台車が展示されていました。
写真は、上からFS327A、FS45、FS509台車です。由来は、FS327A, FS509台車は京阪電鉄2615号車、FS45台車は阪急3072号車です。これらの台車は営団01系と同じ1435mm軌間なので実験線を走らせることができます。
 

東京大学生産技術研究所レポート(その2)01-630号車解説と、松葉スポーク車輪

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年10月29日(日)23時35分14秒
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  01-630号車以外の展示もありました。

写真上は、01-630号車の解説ですが、この向こう側に「松葉スポーク車輪」が見えます。写真中央はこの松葉スポーク車輪、写真下は別に展示されていた松葉スポーク車輪です。松葉スポーク車輪は先日の熊本電鉄北熊本車庫で貨車に付いていたものを話題にしましたが、柏キャンパスにあったのは驚きでした。この3つのスポーク車輪は車軸の太さが異なっており、別々の車が由来のようです。
 

東京大学生産技術研究所レポート(その1)テスト用車両となった東京地下鉄01系01-630号車

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年10月29日(日)23時29分49秒
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  皆さんこんばんは

10月27(金),28日(土)と東京大学柏キャンパスの一般公開があり、28日に見に行ってきたのですが、東京大学生産技術研究所の実験施設が4月に移転してきており、各種の実験設備が柏キャンパスに整備されました。鉄道関係の設備も整備されており、これらも公開されていたので報告したいと思います。

 テスト用の車両として、東京地下鉄01系01-630号車が搬入されました(写真上)同車は今年3月10日の01系最終運転使用編成の一員(01-130編成)で、3月24日に柏キャンパスに搬入されました。
 写真中央は01-630号車の連結面側で、これまで見ることができなかったものです。
 写真下は柏キャンパスに敷設された実験線で、全長は333m、途中に半径33mのカーブがあります。
 

RP

 投稿者:白い陽  投稿日:2017年10月29日(日)10時02分35秒
返信・引用 編集済
  こんにちは。

RPの最新号、メトロ銀座線特集なのですが後ろの方に旧型国電の置き換え計画が、多くの未発表の写真と共に掲載されています。
先の73系国電特集号の興奮冷めやらぬところですが、特集号に収めきれなかった分なのかもしれないですね。

中でも鳳の73261の前面は関東型の2枚Hゴム化、と情報があったもののネット上で辛うじてそれらしき車両を確認していただけだったので嬉しい掲載でした。よく似た73181とは、前面の行き先札掛けの取り付け位置が違うのが分かりやすい識別点になります。
なお、キャプションでは津田沼への転属回送となっていますが、モハは72970代、クモハはクモニ83への改造のため富士重工への回送途中を撮影されたものです。

ネットの普及で、つい10年ほど前までは謎ばかりだった関西地区の旧型の前面整形もかなり判明してきました。こんな日がこようとは想像もつかなかっただけに興奮気味の書き込みをしてしまいます。


では
 

KATO, TOMIXより、ED62形電気機関車発売

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年10月29日(日)00時11分56秒
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  先日、TOMIXより、ED62型電気機関車シールドビーム改造車が発売になりました。先行して発売されたKATOのED62型および飯田線貨車セットとともに紹介したいと思います。

 写真上がKATOとTOMIXのED62型を並べたもので、左がKATO、右がTOMIX製品です。KATOの方は前面手すり、信号炎管、ホイッスルがすべて取り付け済みで発売されましたが、TOMIXの方は逆に全てユーザー取り付けとして発売になっています。目に付く違いとしては、つらら切りの上に表現された「ワイパー取付け部の逃げの突起」で、KATOは運転席側だけ表現(助士席側は下側取り付けのシングルアーム)、TOMIXは省略(ワイパーのモールドは両側の窓が上側支持)です。モデル8の「飯田線旧型国電等(下)」では、1号機から15号機までの写真が並べられており、ワイパーの形態が確認できるので、この部分の作り分けができます。
 また、スカートは両社ともジャンパ栓納めとエアホースがきれいに撤去された形態が表現されていますが、実はKATOの貨車とは時期が両立しない可能性が有ります。
 写真中央はタキ25000形で、上はTOMIXの従来製品、下はKATOの新製品です。大きな違いとして、「化成品分類番号」があります。KATO製品では、車番の横に「燃」とだけ書いてありますが、TOMIX製品では「燃(G)23」と書いてあります。この「燃(G)23」が「化成品分類番号」で、昭和54年10月に初めて設定されました。これ以降、石油類には「燃31」、ガソリンには「燃32」、濃硫酸には「侵(禁水)84」、カセイソーダには「侵81」と書き込まれるようになっています。このため、KATOの貨車は昭和54年10月以前が表現されていることになるのですが、ED62の方が、ジャンパ栓納めをこの時点までに撤去していた車が少なかったと考えられます。ED62の写真を探すと、旧国末期の昭和57年頃以降の写真が多く、改造当初の写真がほとんど見つからないのですが、「飯田線旧型国電(下)」では、まだジャンパ栓納めが残っていたころの写真が多く紹介されています。5号機、11号機は昭和54年10月以前にジャンパ栓納めを撤去しており、8号機は残っていたことが確認できます。恐らく、ED62型へ改造した時の次の全検時に撤去したと考えられ、全検周期が4年であることから、昭和54年頃から撤去が始まったと考えられます。このため、昭和53年の流電廃止時にはまだジャンパ栓納めの撤去が始まっていなかった可能性が高いと考えられます。
 写真下はホキ5700形で、左は河合商会・ポポンテッタの製品、右がKATO製品です。河合商会の製品はTOMIXの香港製貨車に由来する製品(上)と、河合商会になってからの製品(下)があります。KATO製品との違いは、手すりの太さの他、床下の「吐出口の大きさ」があり、KATO製品ではちいさくなりました。屋根上のハッチの大きさが、「大3」と「中央に大1、両側に小2」がありますが、「中央に大1、両側に小2」は昭和45年から47年の落成車で、35795から55748までの秩父セメントの車になります。
 

モデル8より「飯田線 旧型国電等 模型製作参考資料集C,D」発売

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年10月28日(土)18時18分52秒
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  皆さんこんばんは

Satokawaさんのお話の通り、モデル8の「模型製作参考資料集」第3弾、「飯田線旧型国電等」上、下巻が発売になり、私も購入しました。
 上巻が2扉車、合造車、下巻が3扉車、機関車で、昭和45年頃からの写真が収録されており、浜松工場での通風器埋め込み前の形態がわかる車や、写真のスポーク車輪からプレート車輪への変化が辿れる車もあります。興味深い写真としては車庫に単独で留置されていて、普段は見られない連結面側の詳細がわかる写真が多く収録されています。
 細部形態の紹介は、第2段の大糸線では「抵抗器」でしたが、今回は上巻が「前照灯」、下巻が「排障器」と貫通路の「桟板」でした、前照灯は、飯田線ではかなり早い段階から大容量のLP402を採用していたことがこの場でも報告されており、初期の車が「機関車用の流用」ではないか、と指摘されていましたが、本来の「機関車用」との比較や細部形態の違いでグループ分けされています。区分要素は「下側支持」と「背後支持」、上部通風口の有無、ヒンジの左右、側蓋の左右、無、後部膨らみの有無で、KATOの旧型国電は、下側支持、上部通風口有、ヒンジ右、側蓋無、後部膨らみ有で、厳密にはクモハ52001,005、クモハ61005に付いているものです。
 排障器は、最近タヴァサホビーハウスよりいろいろな形態のものを収録した製品が発売されましたが、後からの補強追加等、さらにバリエーションが豊富です。また、桟板も同じくタヴァサホビーハウスより平妻用、半流用の貫通路パーツとしてバリエーションの追加が行われましたが、こちらも角の取り方等、バリエーションは豊富です。
 私としての注目点は、「プレート車輪への変化」で、コントラストの関係で床下機器および車輪がよくわかる写真が多く、末期はプレート車輪になっていた車がけっこう多かったことがわかりました。例えばさよなら運転編成のクモハ53008―クハ47009―クモハ54110―クハ47069は、昭和58年時点で全てプレート車輪になっており、さらにクハ47069以外の3両については昭和40年代中にプレート車輪になっていたことがわかりました。KATOから、旧型国電の取り換え用としてスポーク車輪が発売されていますが、実際に「取り替える必要がある車」は意外と少ない可能性が有ります。このため、これまでに製作した模型のうち、かなりの車の車輪を元に戻す必要がありそうです。
 また、少し前にこの場で話題になった「避雷器の交換」も辿れ、多くの車が「細い円筒形」から「ドラム缶型」へ変化しています。
 

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