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車体の延長と短縮について

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年10月 9日(月)00時30分21秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

車体の延長と短縮について
すぎたまさん
 少し前の話題になってしまいますが、「軽量車体での車体の短縮」として例に挙げられていた車(大井工場、東芝)はいずれも「事業用車」であることに気づきました。「新性能の旅客営業用車」で車体を短縮しようとした例は又聞きなのですが、京王重機整備が新京成800型を短縮した車を高松琴平電鉄志度線、長尾線の小型車の置き換え用として提案したらしいです。この計画が実行されなかったのは、「新京成電鉄の方が北総開発鉄道の延長開業のあおりを受けて業績が振るわなくなったために800形をしばらく使う方針に変更になったため」という話を聞いています。

 車体延長(台枠利用の車体新製ではなく、元の鋼体を利用した延長)の方ですが、「ガソ改」の制御車や、ナローゲージの電車のイメージがあり、古い車でも「本格的な電車」の延長はしたか、考えてみたのですが、「西武所沢工場」関連がほとんどかもしれません。日本全国の地方鉄道に車体を延長した車がいるように感じるのですが、上記のガソ改の他、現在の西武鉄道発足までに統合した鉄道の小型車を延長して地方鉄道に送り出したり、地方鉄道の小型車の延長工事を請け負う等、何らかの形で西武所沢工場が係わっていることが多いです。この手の車で最後まで現役だったのが蒲原鉄道モハ41で、モハ31と同形の車体だったのが西武所沢工場で車体を延長して、モハ61に似た車体に改造されています。しかもこの車は「電動車を延長した」非常に珍しい例で、もしかしたら唯一の存在かもしれません。

蒲原鉄道モハ61の厚い台枠について
 HP「吊り掛け電車をもとめて」での蒲原鉄道モハ61の台枠の話の続きなのですが、日本鉄道自動車製の同形車である南武鉄道モハ505形(国鉄クモハ2020形)の他、略同形車ともいえる宇部電気鉄道デハニ350(国鉄クエ9421)も台枠が厚いです。クモハ2020形の台枠の厚さの違いが際立つ写真は、「旧型国電車両台帳」P191の富山港線時代のもので、連結している元鶴見臨港鉄道のクハと比べると台枠の厚さが2倍くらいあります。
 クモハ2020形の「dD6D6Dd」のレイアウトについて、以前のこの場で「車体の強度を保つための工夫では?」との説を提示しましたが、台枠が厚いことについても、「台枠に使用した鉄の強度が低いために断面積を大きくして同等の強度を確保する」と日本鉄道自動車で考えていたのかもしれない、と思いました。同様に、同じ南武鉄道の開業時の車であるモハ100形等、昭和初期製造の買収国電も同様に台枠が厚く。同時期の省電モハ30型が魚腹台枠なので、こちらも「車体強度を保つために台枠を厚くする」ことが考えられたのかもしれません。
 同時期に日本鉄道自動車が宮城電鉄向けに製造したクハ881,882(後のモハ2325,2326)は、日本車両製の他の車両(モハ801~805)のコピーで、この点では「日鉄自らしくない車」です。
 
 

熊本レポート(その15)上り新幹線の車内から:竹下気動車区と小郡機関区

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年10月 6日(金)00時23分23秒
返信・引用
  23日の帰りの列車からは、国鉄時代の名前で竹下気動車区(写真上)と小郡機関区(写真中央、下)を観察しました。
 竹下気動車区には、JR西日本から出張してきたキヤ143型検測車がいました。
 小郡機関区には、山口線用の気動車の他、115系3000番台がいました。小郡機関区は2005年頃からしばしば観察しているのですが、当時から見ると、気動車は広島色から、朱色に変わり、写真のようにほぼ朱色への塗り替えが完了しています。また、前回の観察(2015年4月)から見ると、電車の方が劇的に変化しており、写真の115系3000番台は岩国より西に押し込められています。代わりに、広島付近で見た電車は227系ばかりになっていました。

 熊本レポートは以上としたいと思います。
 

熊本レポート(その14)下り新幹線の車内から:宮原電車区に疎開した阪和線の103系

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年10月 6日(金)00時10分6秒
返信・引用 編集済
  熊本への用務は行き帰りとも新幹線を使いました。台風シーズンでもあり、実際に用務期間の直前に台風18号が襲来してかなりの被害をもたらしたので、用務期間中にどう宿泊するか直前まで決まらず、台風18号がいつ襲来するか目安がついてから行動日程を決定しました。

 東海道、山陽新幹線の車窓からは、在来線の車両基地を見ることができるので、新幹線を使うときは注目しています。
 写真は行きで観察した、新大阪を出てすぐの網干総合車両所宮原支所(以前の宮原電車区、客車区)で、阪和線の103系が4両編成と6両編成が1本ずつ疎開していました(写真上、中央)また、数がかなり減っているクモヤ145型もいました(写真下)。
 宮原支所では、2015年4月には定期運転を終えたばかりの「トワイライトエクスプレス」の編成が3本そろっているところを目撃しています。
 

熊本レポート(その13)豊肥本線の竜田口駅と白川橋梁

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年10月 5日(木)23時58分2秒
返信・引用
  22日の午後には、用務地から、熊本電鉄の藤崎宮駅とはちょうど反対側の豊肥本線竜田口駅を見てきました。
 写真は15時07分に竜田口駅で交換する肥後大津行(写真上)と熊本行(写真下)の交換(写真中央)です。熊本行はキハ200型使用の気動車列車ですが、現在豊肥本線は熊本地震による被災のため、電化区間終点の肥後大津より先が不通になっています。このため、「九州横断特急」も熊本側が運休になっています。
 竜田口駅の西側で豊肥本線は白川を渡っており、鉄橋と併せて交換列車を撮影しました。
 

熊本レポート(その12)地上で残っている下り線

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年10月 5日(木)23時45分4秒
返信・引用 編集済
  上り線が高架化されたのに対して、下り線がまだ地上に残っています。高架ホームでの写真でも、右側に下り線用ホームが姿を現しており、おそらく今年度中に高架線へ切り替えられると思われます。
 下に残っているホームは番号付けが特殊で、鹿児島本線下りホームの1番線(写真上)、2番線と、豊肥本線用の0A番線と0B番線(写真中央)です。0A,0B番線は確か豊肥本線の電化に伴って新設されたホームです。高架に移ったホームが4~6番線なので、これから高架に移るホームは「1~3番線」となり、南側に切り欠きを設けて豊肥本線の電車が発着するようになると思われます。
 下りホームがまだ地上のため、現在新幹線で熊本駅で降りて東口(熊本城の側)へ向かう時は、地下通路を通って東側の駅舎へ出ます(写真下)。在来線乗換の時はちょっと複雑な構成になっているので注意が必要です。2年前の秋に訪問した、北陸新幹線開業後の富山駅も在来線高架化工事中で半分だけ高架になっており、新幹線開業とともに在来線も高架化工事を行っているという点でよく似ています。
 熊本駅で見た日中の電車は全て815系と817系の2両編成でした。815系は豊肥本線電化に伴って投入されたのですが、鹿児島本線の方にも結構入っているようです。
 

熊本レポート(その11)熊本駅の在来線高架化工事

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年10月 5日(木)23時25分14秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

熊本地区のJR車両は、21日に熊本電鉄で上熊本へ行き、そこから熊本まで移動して観察しました。

 現在熊本駅は在来線の高架化工事中で、上り線が高架に移っています(写真上)。高架ホームは1面3線で、下り方の東側を切り欠いて3番目の線(5番線)を入れています(写真中央)。切り欠きホームは三角線へ直通する気動車列車が主に使っています。4,6番線が八代行の電車が使っているのですが、熊本に着いた時にたまたま肥薩線への直通特急「やませみ・かわせみ」が止まっていました。写真撮影時は出発までは間があって静かだったのですが、この後団体客が乗ってきてにぎやかになりました。
 キハ31型は、2015年4月に確か飯塚で後藤寺線の運用に入っている車を見て以来になります。確か新製時は全転換クロスシートだったと思うのですが、三角線で使われている車は2位側と3位側の1/3くらいに転換クロスシートを残して他はロングシートになっています。
 「やませみ・かわせみ」のキハ47型は、九州新幹線全線開業に合わせて熊本から肥薩線方面の観光列車用として改造された車ですが、熊本地区で見た狭義の「国鉄型」と呼べる車は結局この「やませみ・かわせみ」だけでした。
 

京急新1000系更新車の営業運転入り

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年10月 3日(火)23時53分55秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

今日の帰りの通勤時、京急新1000系更新車の営業運転に出会ったので、予定を変更して、臨時に報告したいと思います。

 新1000系は、5月末の京急ファインテック久里浜事業所の公開イベントで、更新工事施行中であることを報告しましたが、9月にこの工事が終了して営業運転に入ったと話を聞きました。ちょうど今日の帰りの時に出会ったものです。
 まず、前面は2100系と同じく「けいきゅん」のマークが左に入りました(写真上、以下の写真とともに横浜駅で撮影)。先頭車は中間前寄りの固定窓が下降窓に変化しました(写真中央)。連結面側の窓が1枚窓の下降窓になっている(写真下)のとは異なり、209系のような下段固定上段下降窓です。このため、先頭車はかなり印象が変化しました。
 

熊本レポート(その10)熊本市交通局の超低床電車

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年10月 3日(火)00時16分42秒
返信・引用 編集済
  1997年に、熊本市交通局は全く新しい考えによる「超低床電車」を導入しました。

 1997年導入の「9700形」は、「ブレーメン型」に属するものですが、その後続いた新潟鐵工製の車(富山ライトレールの車など)が丸みを帯びた形で標準化されたため、形態としては異端になっています(写真上は9703、23日、熊本城。市役所前)。その後2001年まで導入された後、2008年に丸みを帯びた形の「0800形」が導入されました(写真中央、0801、21日、通町筋)。さらに2014年に0803号「cocoro」が導入されました。写真は21日の上熊本車庫ですが、時刻表では「cocoro」での運転列車が指定されており、23日には運転を目撃しています。
 超低床車は23日に利用していますが、ワンマン運転ではなく、後ろの扉にも係員がいて運賃収受(主にICカード使用の案内)をしています。

 明日はJR車両の紹介をしたいと思います。
 

熊本レポート(その9)熊本市交通局の軽快電車

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年10月 3日(火)00時02分17秒
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  熊本市交通局では、1982年より新たな路面電車の導入を始めました。

 1982年に導入された8200形は、日本最初のVVVF制御車として知られる車両です(写真上、8202、23日、水道町)。もう1両、8201は21日に上熊本車庫で見ました。新製から25年になるため、当初のVVVFを交換しており、最近の車と同じ仕様になっています。
 8200形の後、1985年に在来車の機器流用で8500形が製造されました(写真中央、8503、21日、熊本城・市役所前付近の交差点)。車体は8200型と同じなのですが、台車に古さを感じます。
 この車の後、8800型、9200型と新製車が投入されました。8800形の方は出張中には出会わず、見たのは9200形だけです(写真下、9201、21日、上熊本駅前)。8200,8500型と比べると前面に丸みが付けられました。また、側窓も下段固定、上段引違の最近のバスで見るものに変わっています。「軽快電車」の流れはここまでで、これ以降は「超低床車両」に移行します。
 

熊本レポート(その8)熊本市交通局の他の在来型路面電車

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年10月 2日(月)23時47分20秒
返信・引用 編集済
  1090,1200,1350型以外では、残り1両になっている1060形1063号を見ました(9月21日、熊本城・市役所前付近の交差点)。この車が昭和26年製で現在最古参の車です。1090型以降の車とは異なり、「バス窓でない」のが特徴ですが、1063号に関してはアルミサッシに交換されています。この車は最古参であるため、「営業運転に入ることが非常に少ない」との説明があることが多いのですが、たまたま営業運転に入っているところに出会ったことになります。
また、連節車の5000形5014号を上熊本の車庫に留置されているのを見ました(21日)。この車は元西鉄福岡市内線で、福岡市内線時代の原型をよく残しているとのことです。
 

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