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京急2000型4両編成の最後

 投稿者:原口 悟  投稿日:2016年11月 1日(火)23時51分52秒
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  皆さんこんばんは

京急2000型4両編成の動向について
 先にこの場で「総合車両製作所横浜工場に京急1800型4両編成が待機している」ことを報告しましたが、置き換え対処となるであろう2000型4両編成(2451編成)の動向に注目していました。
 通勤時に横浜駅で見る上り8:05横浜発エアポート急行は2000型が入ることが多く、2000型8両編成+4両編成が見られることが多く、注目していたのですが、最後に2451編成を目撃したのは9月28日にこの場に報告した9月27日になりました(写真を再掲)。一方で、3本目の1800型(1809~1812編成)は富士吉田からの出張から帰ってきた直後に運用に入っているのを目撃しており、2451編成は1809編成と入れ替わりで引退しています。
 また、10月末に川崎重工で作られた1000系6両編成が横浜工場に到着していました。1800型と同じ全面ラッピングに変わっていることが確認できました。この編成が運用に入ると800型が1本運用を外れるはずです。
 
 

高崎車両センター115系、211系の動向(その5)高崎鉄道ふれあいデーの展示車両

 投稿者:原口 悟  投稿日:2016年10月31日(月)23時49分24秒
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  高崎鉄道ふれあいデーの展示車両も世代交代を感じさせるものになりました。
写真のように今年の展示車両にEF66、EH200、EH500がいたのですが、記憶にある限りではこれらの形式は今年のイベントが初の展示です。一方で、毎年姿を見たEF64型1000番台は今年は会場にいませんでした。

EF66は最近になって高崎線でもよく見るようになっています。高崎線では昭和50年代のEF15型から、形式消滅が近い形式の「最後の活躍の場」という印象があり、昭和50年代のEF60型、JR移行時から1990年代のEF65型500番台と東海道筋から移動して最期を迎えた形式が続いています。このため、EF66型を高崎線でよく見るようになって「EF66型の終焉」が近いことを感じています。
 

高崎車両センター115系、211系の動向(その4)211系の動向

 投稿者:原口 悟  投稿日:2016年10月30日(日)23時08分29秒
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  211系はオリジナルのA32編成(写真上)とリニュアールのA57編成(写真下)を目撃しました。オリジナルの編成は両毛線に定期運用があり、過去何度か見ています。リニュアール編成の行き先は今までの運用では見たことのなかった「万座・鹿沢口」が注目です。211系の北関東での定期運用は、「横川行」があった(確か、夜に高崎発横川行で横川へ行き、翌日横川発で上野へ直通する運用)くらいなので、目新しさを感じました。
写真下はA32編成クモハ115-3032の「増設パンタ」です。
 

高崎車両センター115系、211系の動向(その3)最後のサハ115

 投稿者:原口 悟  投稿日:2016年10月30日(日)22時54分39秒
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  今回、サハ115を組み込んだT1159編成に出会いました。高崎車両センターにはさあh115を組み込んだ4両編成が2本(T1044編成:クモハ115-1033-モハ114-1044―サハ115-1007-クハ115-1034とT1159編成)。両編成はサハ115を抜いた3両編成で使われることも多く、4両編成で使われているところに出会った機会があまり多くない印象があります。両編成は経歴が異なっていて、T1044編成の方は昭和53年の北関東ローカル70系置き換えで投入された3両編成に、昭和60年に新潟ローカルから転入したサハ15を組み込んだ編成で、同様の編成は60-3改正で多く登場したのですが、平成に入ってからの211系投入による置き換えの過程で多くの編成がサハを抜いて3両編成に戻っており、この編成だけが残ったものです。一方、T1159編成は元々中央東線の身延線旧型国電が使われていた運用の置き換えで投入されたもので、「唯一の横須賀色の115系1000番台」でした。当時はサハ115-1027を組み込んでいたのですが、その後の転用の過程でサハは0番台のサハ115-22に置き換わり、さらに小山の115系のE231系への置き換えの過程でサハ115-1019に交替したものです。
サハ115は新潟の車はすでに運用を離れており、高崎でも211系への置き換えが進んでいる中で、先が長くないことが確定しているので、もしかしたら今回の目撃が最後の「サハ115の目撃」になる可能性があります。
 

高崎車両センター115系、211系の動向(その2)高崎駅で見た115系

 投稿者:原口 悟  投稿日:2016年10月30日(日)22時31分5秒
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  高崎鉄道ふれあいデーの後、高崎駅でも車輌観察を行いました。目撃した115系は3両編成のT1032編成(クモハ115-1022-モハ114-1032-クハ115-1022、写真上)、サハ115を組み込んだT1159編成(クモハ115-1056-モハ114-1159-サハ115-1019-クハ115-1208、写真中央)、高崎鉄道ふれあいデー会場からも目撃したT1133編成(写真下)でした。  

高崎車両センター115系、211系の動向(その1)高崎鉄道ふれあいデー会場にて

 投稿者:原口 悟  投稿日:2016年10月30日(日)22時12分38秒
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  皆さんこんばんは

29日(土)に高崎車両センターで「高崎鉄道ふれあいデー」が行われました。これに合わせて高崎駅で115系、211系の動向を見てきたので報告したいと思います。高崎地区の115系は、211系リニュアール車が投入される直前の8月13日に観察をしたことを報告しましたが、今回は211系への置き換えの初期段階の報告になります。

まず、高崎鉄道ふれあいデーでは、休憩用車両としてT1146編成(クハ115-1137―モハ115-1082-モハ114-1146―クハ115-1201)が使われていました(写真上)。また、会場にいる時に高崎駅へT1133編成(クハ115-1125-モハ115-1070-モハ114-1133-クハ115-1087)T1142編成(クハ115-1133―モハ115-1078-モハ114-1142-クハ115-1096)が移動するのを見ました。休憩用車両のT1146編成には、足回りに近づくことができたので、この機会に床下機器等の観察を行いました。
 

熊谷市のドライブインで見た車両再確認

 投稿者:原口 悟  投稿日:2016年10月29日(土)20時17分24秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

熊谷市のドライブインで見た車両の再確認
前納さん
 河口湖駅の部品取り車が「サハ205,204-10」との情報をありがとうございます。6000系の車番が2段窓車と1段窓車とで番台区分されていることは確認できました。

 「熊谷市のドライブインで見た車両」ですが、目撃したのは2011年4月18日のことで、正確には「サハ205-3」と「サハE230-536」でしたので訂正します。大宮工場内で目撃した車と記憶が混じっていたようです。サハ205-3とサハE230-536の写真を改めて紹介したいと思います。
 中央の写真で、左に見えるのは「吊り金具」で、後で情報を見たのですが、その後船に積まれているので、積み下ろしの道具を持参していることになります。下の写真は台車を積んだ別のトラックです。上記のように、両者が船積みされている写真をその後見ているのですが、そこから何処へ行ったか、は当時のこの場でも突き止められなかったと思います。
 なお、ドライブインの場所ですが、籠原駅前通りをずっと北に進み、国道17号バイパス(上武国道)と交差する付近です、ここでは、上田電鉄へ輸送される東急1000系や、現在赤城山麓で保存活動が行われている東急デハ3450形デハ3499号車の輸送時にも休憩所となっており、観察に出向いています。
 

富士急の205系

 投稿者:前納浩一  投稿日:2016年10月21日(金)21時14分46秒
返信・引用
  原口さん、みなさん、こんばんは。富士急行の205系の写真や情報、ありがとうごさいます。

一段下降窓車と二段窓車は別形式(区分代?)になっていたと思います。確認してみて下さい。
それにしても、今はラッピング車になっているのですね。

河口湖駅に置かれているユニットはモハ205/204-10です。甲種輸送時に車番の目撃情報があります。
一方、モハ205/204-1は、クハ205-1と共に大宮総合車両センターに運び込まれたハズですが、その後、改めて移動したのでしょうか。同じ編成のサハ205-1を含む残り7両は、まとめて長野総合車両所に送られており、改めてモハ205/204-1とサハ205-1が行動を共にするというのは考えにくいので、目撃なさった時の情報などをいただけるとありがたいです。
 

富士急行レポート(その5)京王5000系の動向(2)とオリジナル車5000系

 投稿者:原口 悟  投稿日:2016年10月20日(木)00時34分10秒
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  富士急行1000系としての原色は1206編成を目撃しました。この編成も何度か目撃しており、写真上は14日昼に月江寺―富士山間で撮影したもの、写真中央は京王色の1001編成と連結して同日朝に月江寺―富士山間を走るものです。1000系を連結した4両編成は、このほか15日朝に旧富士急色の1202編成と1206編成が連結したものを見ています。
結局富士急1000系は1001, 1202, 1205, 1206編成の4本を見たのですが、残る1本の1201編成は目撃せずに終わっています。

写真下は富士急オリジナル車の5000系で、現在は「きかんしゃトーマス号」になっています(10月15日、下吉田駅で撮影)。地方私鉄を見渡してもオリジナル車を所有する社が数少なくなっている中で、「富士急行オリジナル車」として強い独自性を放っており、何だかんだで現在まで走り続けています。
富士急行は現在でも国鉄―JRからの定期列車の乗り入れがある、という点でも非常に珍しい存在で、乗り入れ列車の多彩さも見ることができました。

これで今回の出張先の電車事情の報告を終わりたいと思います。
 

富士急行レポート(その5)京王5000系の動向(1)

 投稿者:原口 悟  投稿日:2016年10月20日(木)00時13分47秒
返信・引用 編集済
  元205系の6000系が入線したことにより、元京王5000系の1000系は4本が廃車になり、現在は5本が残っています。現在、このうち何本かが特別色に塗られているので紹介したいと思います。
写真上は富士急行旧標準色(1202編成:元小田急2200形まで塗られていた昭和50年代までの塗装)です。写真は10月15日朝富士山駅で撮影ですが、この編成は13日の富士吉田訪問時に乗車したほか、出張中にしばしば目にしました。
写真中央は京王5000系時代のオリジナル色(1001編成:10月14日・河口湖駅で撮影)で、最近になって各地方私鉄へ散った元京王5000系に見られる京王時代塗装の一環です。この車両の場合、京王時代の旧車番を復刻したナンバープレートも付けています。
写真下は観光電車「富士登山電車」に改造された1205編成です(10月14日・河口湖駅で撮影)。日没近い時間での撮影の上、背後に「フジサンビュー特急」がいるため、保護色のようになってしまっています。
 

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