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昭和30年代後半の高槻電車区と大垣電車区など:J-train 2017年秋号より

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 9月 1日(金)01時06分11秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

J-train誌2017年秋号の「1960年代 電車区訪問記」は高槻電車区と大垣電車区でした。今回も興味深い写真があったので報告したいと思います
 高槻電車区の訪問は1963年8月とのことで、当時の高槻電車区の車は京阪神快速線用の80系が大部分で、緩行線用の車は少数でした。これに対して明石電車区は緩行線用の車だけ、宮原電車区は東京―大阪―広島間の準急、急行用153系電車の配置でした。まず80系は、事故復旧車のクハ86015、試運転時焼失車のクハ86017の写真が掲載されています(P160, 162)。また、各番台の車種がまんべんなく掲載されていますが、300番台の塗り分けは在来の位置です。塗り分けのかさ上げはちょうど1963年から始まったことが確認されており、塗り分け変更車がまだ捕捉されていないことになります。
 緩行線用車は、明石電車区の車が入区していて、多くの写真が紹介されています。まず全金更新済みのクモハ73001の写真が掲載されており(P164)、改造当初は城東線を走っていたの対して、かなり早い段階で京阪神緩行線に転属していることになります。他、全金更新から間もないころのクモハ73037、モハ72110の写真(P164)もあり、「釜飯型」の避雷器を付けています。なお、クモハ73001は「亀の子型」の避雷器で、モハ72566,670は細い円筒型の避雷器を付けています。また、クモハ60153、クモハ32002は箱型の避雷器です。
 戦前型の写真もまとまった数が紹介されています。掲載写真には、後に飯田線で走っているクモハ54119(P165)、クハ68032(クハ68406)、クハ68077(クハ68407)(P166)、身延線で走っているクハ68012、クハ68109(P166)、宇部線に転属したクモハ51036(P164)があります。昭和38年はちょうど前面窓等のHゴム支持化の工事が始まった頃で、多くの車は前面窓が原型ですが、クモハ54119、クハ68032、クハ68109、クハ55112が早くも運転席窓をHゴム支持に改造しています(P165)。なお、クハ55112の左隣のノーシルノーヘッダーのクハ55のキャプションが、写真内は「クハ55001」、キャプションでは「クハ55021」となっていますが、正しくは「クハ55071」です。10年以上前に元関西旧国利用者さんがこの場で戦前型のHゴム窓化の経過を発表していますが、始まりのころを反映した写真ということになります。飯田線に転属した車はその後通風器が撤去されていますが、当時は通風器は原型で、さらに運転席窓をHゴム窓に改造した車は大鉄型の球形通風機を付けています。
 70系は、モハ70123の写真が掲載されています(P164)。後に仙石線に転属して押し込みベンチレーターに交換し、さらに中部山岳ローカルに転属した車です。クモハ51036は「砲弾型前照灯」を残しているのが注目されます。また、真夏の訪問だったためか、クモハ54119、クハ55112は助士席側の下降窓を開けています。
 大垣電車区の方は1962年3月末の訪問です。旧型国電では美濃赤坂線用の車が収録されています。当時はクモハ40050,069、クモハ12000の3両で、3両全ての写真が掲載されています(P169)。美濃赤坂線の車は、後にRF誌の「省線電車の走るところ」で紹介されており、この時に「スノープローの装備」が注目されていましたが、昭和37年3月の写真ではクモハ40069がスノープローを付けていました。ただし、その形態は独特で、台車ではなく、車体側からステーを伸ばして取り付けられており、EF58型電気機関車のものに似た狭いものを取り付けています。この「幅の狭いスノープロー」は後にクモハ40050も装備したことが有ります。クモハ40069は検査標記が確認でき、「34-12豊川分工」と欠かれているようです。

 電車以外でも、客車に注目すべき写真があります。
 P98から掲載されている「封印された あの日、あの時 1983年夏、九州客車紀行」で、「妻面にリブがあるスハ43型」の目撃に触れられています。写真は元スハ43 677のオハフ45 206が掲載されており(P99)、他にオハ46 2678が妻面リブ付きだったと報告されています。妻面リブ付きの旧型客車は、RP誌の2000年頃の60系鋼体化客車特集で記述があり、オハ61系に関しては「苗穂工場改造車」が該当すると記載されていました。この中で、「スハ43系にも例がある」とあったのですが、現車の写真を見たのはこれが初めてです。スハ43 677, 678は、スハ43 676とともに1955年5月23日に川崎車両で落成した、「スハ43型として最後に落成した車」であることが注目され、これらの車以降は9月になってから「オハ46型」に移行しています。リブの入り方は、後のナハ10、ナハネ10形に似た密なもので、旧型客車としては異様なものに関します。川崎車両でのスハ43型の落成は、1955年4月に入ってからはスハ43 660から落成しているのですが、675までは4月30日までに落成しており、676~678が少し離れて5月23日に落成しています。このため、「妻面にリブのあるスハ43型」は狭い範囲ではスハ43 676~678の3両、広い範囲では4月以降川車で落成の車に限られると考えられます。
 他、都城にいた「北海道の車」であるスハユニ62 10が車内写真とともに掲載されています。また、現在碓氷峠鉄道文化むらに保存されているオハネ12 29、青色塗装のオハフ61 2562、アルミサッシを碧く塗装したナハフ11 20の写真が掲載されています。
 客車に関しては、「客車区訪問記」の連載が新たに始まり、第1回は品川客車区です。珍しい車としては、後に新幹線用限界測定車コヤ90 1に改造されたオロ31 104の「オロ31 104時代の写真(P91」が掲載されています。他、ダブルルーフ車、3軸ボギー車の写真が多く紹介されています。

東急大井町線デハ6300型について
1380さん
お久しぶりです
 東急新6000系についての情報をありがとうございます。
 同車については、京王新5000系や都営5500系のように前もって「製造する」というニュースを見てなく、突然出現したためにどこの社が発注したかわかりませんでした。類似の形態の車を探して、「東急新6000系らしい」とわかったのですが、「6303」という車がすでに存在していたため、確証がつかめませんでした。
 
 

Re: 都営浅草線5500形の登場、関東私鉄の新車の動向など

 投稿者:1380  投稿日:2017年 8月30日(水)07時19分50秒
返信・引用
  > No.2309[元記事へ]

原口 悟さん、皆様、おはようございます。

>  これとは別に20m級標準ステンレス車に赤く塗装した車を先週目撃しており、そのうちの1両の車号が「6303」だったように見えました。今年度、東急大井町線6000系を6連から7連に増結することが発表されており、このための増結用の車かもしれません。

仰る通りです。昨日、デハ6301~6306の6両が甲種輸送されました。
在来の6300~6600番台の車両は、6400~6700番台に改番される(つまり、両端のクハが6100・6700番台になる)ものと思われます。

http://photozou.jp/photo/top/3187087

 

都営浅草線5500形の登場、関東私鉄の新車の動向など

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 8月29日(火)23時06分36秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

都営浅草線用の新車5500型を確認しました。
 月曜朝の通勤時、金沢文庫の総合車両製作所横浜工場の奥にこれまで見たことが無い塗装の3扉の電車を確認しました(写真上)。レイアウトは京急1000型と同じで、窓回りの黒と扉が赤の塗装は、東京都交通局が発表している都営浅草線用の新車である5500型のデザインと同じです。このため、この車輌は都営浅草線5500型の最初の落成車と考えられます。5500型は、今年度の投入が1本の予定が一挙に19本に変更になり、今後横浜工場で続々と製造されると共に他のメーカへも発注されると思われます。
 写真中央は月曜朝の通勤時に熊谷貨物ターミナル駅に到着しているのを見た東京メトロ日比谷線13000系です。熊谷貨物ターミナル駅から秩父鉄道線を介した新車の搬入は必ず日曜夜に熊谷貨物ターミナル駅に到着し、月曜に秩父鉄道経由で搬送されます。東武鉄道の新車の他、日比谷線の車も同じ経路で搬入されています。
 写真下は火曜の通勤時に横浜工場で見た京王新5000系です。京王新5000系は先に最初の車を工場内で目撃したことを報告しており、これが2本目になります。
 これとは別に20m級標準ステンレス車に赤く塗装した車を先週目撃しており、そのうちの1両の車号が「6303」だったように見えました。今年度、東急大井町線6000系を6連から7連に増結することが発表されており、このための増結用の車かもしれません。
 

東京総合車両センターレポート(その7)モーターの展示

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 8月27日(日)19時14分37秒
返信・引用
  部品の展示から、モーターを紹介します

 モーターの展示では以前はクモハ12用のMT15が展示されることが有りましたが、今回の展示は209系用MT68、E231系用MT73、E233系用MT75、E235系用MT79で、上からMT79、MT75、MT73です。209系は、現在では入場が大宮工場の方に移行しているので、大井工場で扱っているモーターはMT73以降になっています。209系の量産車が本格的に登場したのは今年になってからなので、MT79モーターが展示されたのは今回が初めての可能性が有ります。

 それでは失礼します
 

東京総合車両センターレポート(その6)DT56系列の台車の構造

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 8月27日(日)18時58分51秒
返信・引用 編集済
  これまで、京浜急行の久里浜工場、西武鉄道の狭山丘工場から、台車の構造について報告しましたが、今回も工場の各地で検査されている台車を観察しました。

 大井工場に入場する車両は、205系に始まるDT50系列の台車の車の入場は無くなっており、209系に始まるDT56系列の車だけになっています。このため、工場内の台車のバリエーションは非常に少なくなっています。
 写真上は台車展示コーナーにあった、サハE233-3016の台車で、上から見ると従来型台車の心皿に相当する部分は井桁状の枠になっています。
 写真中央は、連結器交換デモのクハE231-42の床下の台車接続部で、心皿に相当する部分は角材状の突起が突き出ています。
 写真下は、正門横のクハ901-1の台車接続部を後ろから撮影したもので、車体側からの角材状の突起が台車に差し込まれていることがわかります。このため、車体側の突起は構造としては、台車を車体と接続する時のガイドの役割をするだけになっているといえます。
 

東京総合車両センターレポート(その5)総武緩行線のE231系

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 8月27日(日)18時38分45秒
返信・引用 編集済
  山手線のE231系500番台の転用によって押し出される形の総武緩行線E231系は、E231系リニュアールのための工場として整備された青森車両センターへの回送等、地方回送の情報がしばしば出てきますが、大井工場に入場している車もいます。
 写真上は車掌室記念撮影会場となったクハE230-42です。他、クハE231-42が「連結器交換デモ」の会場となっていました。
 写真下はパンタグラフ、コンプレッサー等部品展示会場の会場にいた「サハE230-42」です。6扉車のサハE230は転用からは外されると思っていたのですが、普通に入場していたため、少なくともこの車はしばらく総武緩行線で走ると思われます。
 

東京総合車両センターレポート(その4)山手線E231系500番台の転用

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 8月27日(日)18時18分20秒
返信・引用 編集済
  東京総合車両センターの工場建屋内で見た車両のなかでの注目は「転用工事を受ける山手線E231系500番台」です。
 写真上はクモハ12等車両展示の近くの北側の建屋にいた、帯色を黄色に変更した元トウ510編成のクハE230-510他です。
 写真中央はトウ513編成のモハE530-537で、まだ帯は黄緑色ですが、、所属標記を「八ミツ」と書き換え済みです。
 写真下は、クハE230-510他から1本挟んだ位置にいたトウ510編成のモハE530-528で、ここでも検査標記は29-9東京総合車セ」が確認できます。
 以上の写真から、山手線E531系500番台はトウ510, 513の2本が総武緩行線転用のため入場中ということになります。一方で、同日にE235系の「6本目」を電留線の方で確認しており、今後E231系500番台が続々と転用入場することになります。
 

東京総合車両センターレポート(その3)クモハ12052の細部(その2)

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 8月27日(日)17時47分44秒
返信・引用
  写真上はDT11台車、中央は電気側の床下機器、下は屋上ステップの上に取り付けられた列車無線アンテナです。

 DT11台車はイコライザー式のDT10, TR11台車が球山形鋼の生産中止によって新規製造が出来なくなったために導入された「ボールドウィン形」の台車で、国鉄ではDT11とTR22がモハ31,32系で採用されただけで「ペンシルバニア型」のDT12, TR23台車に移行したために全体としては少数派になり、特にTR22台車はサロ37型だけが採用した希少な台車になりました。
 列車無線アンテナはクモハ12型の場合は屋上ステップを利用する形で取り付けられました。最近のNEKO BOOK「クモハ12とクモニ13」でも注目されているポイントで、「ステップの板そのまま」ではなく、板ごと交換されています。
 

東京総合車両センターレポート(その2)クモハ12052の細部(その1)

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 8月27日(日)17時35分7秒
返信・引用 編集済
  クモハ12052が展示されていたので、細部写真を撮影しました

写真上は連結器胴受、中央はMGとAK-3コンプレッサー、下は空気溜いろいろです。

改めて見ると、連結器は角が取られていない四角形のもので、旧型国電の末年は予備品が少なくなった関係で角が取られた新性能車の部品が多く流用されたところが多い中で、原型の部品を残しています。
AK-3コンプレッサーは以前西武鉄道の武蔵丘工場で展示されていたものを紹介しましたが、現役のものは西武の譲渡車関連のものも引退期に入っています。
 

東京総合車両センターレポート(その1)クモハ12052の公開

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 8月27日(日)17時25分32秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

先日(8月26日)は東京総合車両センター(元大井工場)の一般公開イベントでした。
 昨年はこのイベントには出向いていなかったので、2年ぶりの大井工場になります。

 展示車両にクモハ12052(写真上)が入っていました。今年のこの場での展示は東側からクモヤ143-8、クモハ12052、EF81 81、EF65 1115で、写真中央はクモヤ143-8、写真下はEF81 81です。クモヤ143もかなり減少しており、残り数両くらいになっていたと思います。
 

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