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Re: 混同があるのだと思います

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年12月31日(日)00時26分57秒
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  すぎたまさん、皆さんこんばんは

RF63-1号の確認をありがとうございます。私の方でも確認できた「レイル」誌の方ももとにして考えてみると、DT12とDT13が互換性が高いという認識が強かったようで、私を含めてかなり後まで影響を及ぼしたことが伺えます。これまでのお話を踏まえると、2004年初頭の議論であった。「クモニ83改造の不適格」の原因として、「DT12A」は考えなくてよさそうです。また、「DT」の符号の新設に関連する台車形式の変化はけっこう短期間で起こっていることが2004年当時も話題になっており、形式図の方の記述は、この混乱が持ち込まれたと考えてよさそうです。
 参考として、以前の掲載の再録ですが、野辺山高原SLランドにあったTR34台車の写真を紹介します。この台車は1990年頃から野辺山高原SLランドの片隅にあったのが気になっており、写真を撮影しました。当時は由来がわからなかったのですが、その後、「野辺山高原SLホテル」に20系客車に混じって「サロンカー」として長野運転所のオハ35系改造お座敷客車オロ80型が1両連結されていたことがわかり、この車に由来するTR34台車がホテルの閉鎖と車両の解体後(蒸気機関車は野辺山駅前の公民館に展示)、何故か野辺山高原SLランドに運ばれたらしいとわかりました。写真上はTR34台車の全景で、今回話題になったコロ軸受と軸箱、たこ坊主がわかります。写真下は台車の内部の接写で、心皿と側受け、ブレーキのリンクがわかります。心皿は細いピンを差し込む形式のようで、以前報告した東武8000系と同じ構造のようです。

その後のコロ軸受けについて
 TR23の平塾受けと互換性のあるコロ軸受は、まず「TR23C」として試験が行われたとのことですが、時代が下って昭和30年代に入ってコロ軸受の試験が行われたらしい写真があります。「RM Models Archive 鉄道車両ディテールファイル008 松戸電車区のモハ60」中P30~32のモハ60062の写真(1958/6/15、8/14撮影)で、コロ軸受が確認できます。面白いのが両側台車の外側の軸受けだけがコロ軸受になっており、同じ台車内に平軸受とコロ軸受がが混在しているのが「試験」臭を強く感じさせます。コロ軸の上の梁のリブは元のDT12の横一直線のまま、コロ軸部がDT13の軸箱のふたと比べると一回り小さく、なおかつ円筒形に突き出しているのが特徴で、TR23Cのお話であった、「DT12の軸箱に納まる小ぶりなコロ軸受」の試験をしていたのではないか、と伺えます。その後、1961年4月8日の写真では、元の平軸受に戻っており、客車の方のオハ35系、オハ47のように大々的にコロ軸受への交換が行われるような動きは起こらなかったので、このコロ軸受については性能が不良だったことが伺えます。
 これとは別に、「首都圏の72系」の台車の記述に「TR23特」の存在があり、TR23の平軸受をコロ軸化したもので、クハ79004とサハ78103に装備の記述があります。クハ79004とサハ78103(後のサハ78451)は、少なくとも地方転出後はどちらも普通のTR23を付けています。「TR23特」の記述がありながら、その後の両車にその気配が認められないため、上記のクモハ60062のコロ軸受けの台車のような短期間の装備が伺えます。
 
 
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