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タンク車の加工(その3)タム500型のバリエーション

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 5月 7日(日)20時02分19秒
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  タム500型は、以前KATOから発売された時にタム2920, 2932への加工を紹介しましたが、最近になって何両か入手したので、別バリエーションを作ってみました

写真上は「1枚板ランボード」を持つタム2840とタム2907です。
KATO製品はタム2920, 2932が含まれる、「最終標準型」といえるものですが、「1枚板ランボード」はその前の段階の標準型といえるものです。
タム500の製造は昭和6年から36年の間ですが、戦前は昭和17年に1両だけ「タム590」が新潟で製造され、18年に2500から2529までの30両が製造されて打ち止めになります。戦後になって2530から製造が始まりますが、鉄道車両、飯野といった新規参入メーカがあり、形態が非常にバリエーションに富んでいます。その中でおそらく昭和29年に日車支店で最初の「1枚板ランボード」の車が製造され、昭和31年になって日本石油輸送が日車支店に大口の発注をしたため、「1枚板ランボード」が標準型になったと考えられます。
昭和31年に日本石油輸送は少なくとも2814~2833と2835~2854の2回の発注をしており、タム2840は2回目の発注の一員で、同じ製造ロットには津軽鉄道タム501(元タム2848)が入っています。
昭和32年には、梯子の位置が後ろ(足踏みブレーキ側)へ寄せられる設計変更が行われました。この年も日本石油輸送は大口の発注をしており、タム2907はこの一員です。
「1枚板ランボード」は0.5mmプラ板から、13mm四方で中央に7mmの穴を開けた板を切り出しました。足は0.7mm幅・0.3mm厚真鍮帯板細工で、手すりは0.3mm真鍮線です。梯子は製品のものを切り取って付け直しました。

昭和33年になって日車支店はランボードを上下2段にする設計変更を行いこの形態を日本石油輸送が採用して新たな標準型になります。この形態が昭和36年の最終ロットのタム10515~524まで続くのですが、その中で別形態を採用した会社が若干数存在します。そのうちの1つが日本陸運産業で、昭和35年に東急車輌に発注した車は、上下2段のランボードが板でつながった、1枚板を曲げた形態で、梯子が中央に位置する、さらに新しい形態を採用しました。この形態を表現したのが、写真中央の「タム2982」と「タム591」です。
昭和35年から36年はナンバリングが不規則で、2996までナンバリングされた後、10500に飛んで10509まで続いた後、前の欠番にさかのぼって591から599、2997から2999が振られた後、10510から振られて10524に至ります。このため、「タム591」は番号が異様に若いですが、昭和35年製と最末期の製造です。
模型の方は、製品の上下のランボードの間を0.3mm厚プラ板で埋め、中央の梯子に合わせて手すりを引き直しました。番号表記も微妙に位置が違うのでくろま屋のタンク車用インレタで位置を直しました。「日本陸運産業」の社名板はミラクルデカールの印刷で、別に作った標準サイズの社紋板を縮小した小ぶりな社紋板を作りました。
また、昭和35年に「運用関係表挿板」と「検査関係表挿板」が分割される設計変更が行われています。従来は両者が一体になったL字型の板でしたが、これが横長の運用関係表挿板と小型の検査関係表挿板に分割されました。昭和35年4月製造のタム2988ではL字型の一体表挿板でしたが、昭和35年末製造のタム591では分割されていることが確認できます。このため、タム2982の方では表挿板は製品のL字型のままですが、タム591の方は表挿板を切り取って分割し、付け直しました。
他にも、ドームに付いている「安全弁」の位置関係が異なっていて、上から見て90度反時計回りに回転した位置に付いているので、ドームを90度反時計回りに回して付け直しています。

下は先に報告の製品番号のままのタム2988とタム10520ですが、個体差を表現しました。タム2988は足踏みブレーキに隣り合う妻の山形手すりが無くなっていたので、製品の方の手すりを切り落としました。タム10520は、上記の表挿し板の分割が行われていたので、表挿し板の分割と付け直しを行いました。
昭和36年には、日本漁網船具が東急車輌にタム500を発注しており(確認できた番号は594, 595)、こちらは日本陸運産業のタム2982, 591とは逆に古いコンセプトの1枚板ランボードを採用しています。なお、日本漁網船具株式会社は現在のニチモウ(株)ですが、大正時代末に石油製品の販売を開始し、ブランド名として「白鳥座」の意味を持つ「シグナス(Cygnus)」からとった「キグナス(Kygnus)」を設定しました。戦後になって石油元売り業を始め、その後昭和47年に石油部門が独立した石油会社になった時にブランド名を社名に入れて「キグナス石油」になりました。このため、タンク車は「日本漁網船具」時代の入籍と「キグナス石油」になってからの入籍があり、先日のタキ45000型最終ロットは「キグナス石油」になってからの入籍です。キグナス石油は経営母体は変わっていますが現在でも独立した法人で、新たに白鳥をモチーフとした社紋を設定して盛業中です。

なお、タム500の「標準形態」としてランボード等の周囲の付属設備は変化が起こっていますが、「タンク体」の設計は昭和戦前に確立しています。少なくとも昭和18年製の車に「小型の4対8個のタンク台」と「外側のタンク台に繋がるタンク体固定の帯金」のレイアウトが採用されて、昭和20年代の新参入メーカーによる独自の形態が入った他は最後まで継承されています。
 
 
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