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近江鉄道モハ220形の種台枠

 投稿者:すぎたま  投稿日:2018年 5月24日(木)05時15分2秒
返信・引用 編集済
  みなさんおはようございます。

近江鉄道モハ220形ですが、古台枠流用、側面に西武701系一部利用、下回りは西武経由の旧形国電用機器、西武のFS40台車を合成した電車として、つとに有名ですね。
ところがこの車の車籍ではなく(車籍は近江鉄道の場合、めちゃくちゃと言ってもいいくらい複雑なので、あてにならず)、実際に利用された車体台枠に着目すると、1つの謎が(謎はたくさんありますが、気になるところがという意味で)。
元の車籍としては、モハ100形(元岳南鉄道)や、モハ200形(元小田急1600系の車体)などを引き継いで、「改造扱い」で製作されています。機器類は確かに車籍の車輌のものも、使ってはいるようですが、モハ100形の場合、当該のモハ220形が出来上がっているのに、廃車留置線にその姿が見られた時期があり、明らかに直接の種車にはなっていません。
それで、当時RM誌に推定として載っていたのが、
モハ205--221
以下台枠流用した実際の車輌として、
モハ203
モハ201-クハ1201
モハ202-クハ1202
が推定されていました。仕上がり、台枠の厚さ、車体長さ、幅などから判断して、間違いなさそうです。
ところが小田急時代の旧番号を書き出しますと、
205--デハ1605
203--デハ1610
201--デハ1609
1201--クハ1657
202--デハ1603
1202--デハ1602(旧デハ1601)
となっており、クハ1650形が1輌混じっています。問題なのは、クハ1650形は戦後製、デハは戦中の製作なので、車体長が若干異なるのです。
そうすると、1輌だけはモハ220形に改造後も、寸法が異なっていたのではないか?、という疑問が生まれます。
今のところ、モハ220形には、連結器が大正時代のシャロンやアライアンスを使っているものがある、モハ221は当初2段窓であった程度の違いしか、見いだすことは出来ませんが、1輌だけ微妙に車体長が長い車が無かったのか。これは気になるところです。何か資料はありませんかねぇ。
流用された主電動機はMT-15形、台車はFS-40で、主制御器はCS-5相当、主幹制御器はMC1Aです。台車とブレーキ以外は旧形国電の装備そのものですが、先頃再審請求がなされた「三鷹事件」の実証実験に使える車輌ではありますね。

<追記>
小田急デハ1600形の車体長は15800ミリ ボギーセンター間距離10400ミリ
同クハ1650形1657号の車体長は16350ミリ 同上11150ミリ
です。データは、「鉄道ピクトリアルアーカイブスセレクション1 小田急電鉄1950~60の70ページ車両要目表によります。

失礼いたします。

http://princesscomet.net/

 
 

ED19きれいですね

 投稿者:すぎたま  投稿日:2018年 5月 8日(火)10時06分48秒
返信・引用
  Satokawa@管理人さんこんにちは。

ED19形、輸入機だったはずですが、すっかり日本風にも見える機関車ですね。郷土博物館に保存というのも、長く親しまれた証拠でしょう。
雨どいが後付け感たっぷりなのも、雨が多い日本の風土に合わせた改造でしょうか。車内の「引き出し」みたいなの(右側。左奥はCP?)も、まるでタンスのようで面白いですね。
この1号機は、ED53時代にお召指定機だったのか、乗務員名札さしがありますね。
なにより、このような美しい状態で保存されているのは、意義のあることだと思います。

失礼いたします。

http://princesscomet.net/

 

春のふれあい博物館

 投稿者:Satokawa@管理人  投稿日:2018年 5月 6日(日)10時19分47秒
返信・引用
  飯田線ファンの皆様の中ではご存知の方もいらっしゃると思いますが、かつて飯田線で貨物列車を牽いていた電気機関車ED19が伊那松島駅至近の箕輪町郷土博物館に保存されています。昨日、5月5日にこの博物館でイベントがあり、ED19の車内公開や汽笛吹鳴が出来ました。地元志向のイベントで親子連れの方々がいらっしゃるまったりしたイベントでしたが、飯田線ファンの皆様にも是非訪れて戴きたいイベントだと思い、ここに報告します。来年のカレンダーの5月5日を是非マークしておいて下さい。

http://blog.goo.ne.jp/satokawa_157

 

木わくのクハ86059

 投稿者:72901  投稿日:2018年 4月30日(月)01時10分39秒
返信・引用 編集済
  みなさまこんばんは。

鉄道ファン1972年3月号のP131に木枠のクハ86059の画像があるのを発見しました。
「”湘南電車”今だ健在」というタイトルで変り種としてクハ86059が前面窓がHゴム化されておらず、新製時のままの姿をとどめていると紹介されています。
画像は品川駅で1971年11月14日、助手席側の前面窓中央寄りに平塚行のプレートの様な行先表示が入っています。
木わくのクハ86が1971年まで存在したとは意外に感じました。

>原口さま
モハ63形中巻のモハ72307(DT15)はピクトリアルと同じ写真です。
この本はモハ63ですが、クモハ73、モハ72の写真が多く掲載されています。
下巻も楽しみにしていますが何とか73系に進んでくれないかと期待しています。
京急の話題が最近無くなりなんとなくさみしくなってしまいました。
原口さんのレポートは読んでいて楽しかったのでとても残念です。
どこか別にサイトを立ち上げて続けてもいいと思いますがいかがですか。
釣り掛け車どころか金属バネの車両すら珍しい昨今、電車らしい京急は楽しい話題だと思います。
 

クモハ73形、モハ72形全金更新車の原型時代の写真

 投稿者:原口 悟  投稿日:2018年 4月26日(木)00時39分24秒
返信・引用 編集済
  皆さんこんばんは

先日報告した、RP18-4号「特集 153系電車」購入時に、「国鉄鋼製電車史 モハ63形」の中巻が発売されていたのを目撃しました。購入までは手が回らなかったのですが、収録されている写真にいくつか注目すべきものがありました。
 こちらにもDT15台車を装備したモハ72307と、DT14台車を装備したモハ72313の写真が掲載されていたのですが、RP17-11号「特集 72系旧型国電」に掲載のものと同じ写真かもしれません。
 注目したのは、モハ72000台の全金更新車の原型時代の写真があったことです。最晩年は津田沼電車区にいた、モハ72001とモハ72131の写真を確認できました。全金更新車の全金更新以前の写真はクモハ73001以外は珍しく、J-Trainの津田沼電車区の記事でクモハ73013の原型時代の写真を見たのが2例目だったので、これが3例目と4例目になり、さらに、モハ72000台全金更新車の写真としては初めての例になります。
 細部写真では、パンタ周りの写真が多かったのに注目しました。パンタ周りの写真はこれまでも点々と紹介されてはいますが、昭和30年代までのものは珍しいのではないかと思います。

「改造前の写真」という点では、昭和40年代初頭までに改造されたクモユニ74形や、クモユニ82,83型の初期車もめったに見ないもので、DT15装備のモハ72307も、改造後のクモニ83011の写真の方だけが有ったので、「クモニ83への改造前の写真があった」という点でも貴重なものです。これに対してクモユニ82、クモニ83の昭和40年代末になって改造された末期車や、モハ62系、モハ72系アコモ改造車は改造前の写真は割とある方です。それでも首都圏のアコモA更新を受けていることになっている車がアコモ改造を受けたことになっているのが、実際にアコモA更新を受けていたのかどうかが確認できない、という例もあり、改造前の状態が謎な車が多いです。
 

SIVと電力環境、首都圏私鉄発の車両の置き換えの始まりなど

 投稿者:原口 悟  投稿日:2018年 4月22日(日)23時33分24秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

インバーターと給電環境について
EF651047さん
 SIVを用いた給電と、クーラーとの関係について、先日紹介した京阪神快速線の130km/h運転とクーラーの情報が紹介された時にも情報が紹介されてはいたのですが、改めて、何故室温が上がったのかわかりました。すぎたまさんのお話と、船の電灯の話と併せて、電車における定電圧の維持とインバーターの使用が、意外と難しい問題をはらんでいることが伺えます。
 先日のLED電灯と電源環境の話の続きなのですが、「船でのLED電灯の寿命が半年くらいだった」との話題を見て思ったのが、「給電環境が不安定な開発途上国ではLED電灯は使いにくいのではないか」ということでした。1つは、南アフリカ共和国でサッカーのワールドカップが行われた2010年頃のことですが、南アフリカ共和国のインフラ事情が、「電力の供給が不安定で頻繁に停電する」ことが報告されていました。また、日本でも昭和20年代から30年代は同様の状況にあったようで、昨年10月7日にNHKで放映された「ブラタモリ」の「黒部ダム」で、黒部ダムと黒部第四発電所の建設が行われた最大の理由が「関西圏の電力の安定供給」で、昭和20年代から30年代の近畿都市圏では電力の供給が逼迫しており、「工場は週2日、家庭用は週3日、供給制限が行われた」と紹介されました。また、昭和22年のことですが、RM Library 110「阪急P-6」P16に「ちなみに1947(昭和22)年頃の大阪の家庭では夜間は40分送電、20分停電であった」とあり、短い周期で輪番停電をしていました。電力が不安定だったため、電車の運転にもかなりの影響があったのではないかと思われます。

地方の私鉄の電車の置き換えについて
 以前、東京メトロ日比谷線の車両の20m車への置き換えの話が出た時、「東京メトロ03系、東武20000系を財源として地方私鉄の車両の置き換えが起きるのではないか」と話題を出しましたが、この第1報が発表になりました。今年1月中旬の「西日本新聞」に熊本電気鉄道が東京メトロ03系を2両編成にしたものを3本導入することが報道されました。熊本電鉄の電車は昨年秋に報告しましたが、現在在籍の元都営三田線6000系が5本、元南海高野線のズームカーが1本、元東京メトロ01系が2本いるうち、ズームカーは置き換えが確定で、都営三田線から2本が置き換えられることになります。また、東京メトロ03系は両端Tcの編成なので、先頭車に中間M車の機器が移植される工事が行われることになります。
 

MGとSIV違い

 投稿者:EF651047  投稿日:2018年 4月15日(日)20時23分9秒
返信・引用
   補助電源はMGとSIVに大別されます。MGは回転惰性があるのでセクション通過などの瞬間的な停電でも出力側は少し電圧が下がるだけで、停電状態にはなりません。
 SIVは入力側からの給電が切れれば出力側もすぐ停電状態になります。この時、クーラーは安全装置が働くので、これが復帰するまでに数秒以上の時間がかかります。車両の高圧母線を結ぶのは効果的ですが、架線のセクションを短絡してしまうので、距離が何m以内といった制約があります。
 秩父鉄道1000系の冷房化による2パンタ化は、カーボンスライダーなので大容量の補助電源による集電容量不足を補う意味もあったと思います。
 

給電にまつわる色々、川越・八高線の車両の交替について

 投稿者:原口 悟  投稿日:2018年 4月15日(日)01時43分33秒
返信・引用
  すぎたまさん、皆さんこんばんは

RP18-4号「特集 153系電車」をようやく入手しました。オハユニ71形、クハ16形の「簡易電源車」と発電ユニットの情況も確認できました。クハ16型の方の、冷却水を入れたドラム缶が興味深かったです。
関連して、私の方でも電車の電気関係に関していくつか話を聞いていたので紹介したいと思います。

架線集電とクーラーについて
 クーラーはパンタグラフの離線の影響をダイレクトに受けやすいようで、京阪神快速線で130km/h運転を開始した時に問題になったことがあります。130km/h運転が始まってから「クーラーの効きが悪くなった」「車内が暑くなった」という現象が続発し、原因が「130km/h運転によってパンタグラフの離線が頻発し、クーラーが頻繁に停止するようになったのが原因とわかりました。当時の223系(1000, 2000番台)はパンタのある車からの電力供給が1つのパンタごとに完全に独立していたため、パンタの離線が電力の供給切れに直結したのが直接の原因で、対策として編成中のパンタの有る車を高圧母線で直結して電力の供給を二重化して、どこかのパンタが離線しても、他のパンタから電力が供給されるようにするよう、工事が行われました。
 これと同じ理由で、元国鉄101系の秩父鉄道1000系が冷房化された時も、パンタを増設しています。
 これは一般の電気の話ですが、「瞬間停電」が電気機器に対して意外と厄介な影響を及ぼすことがあります。コンマ秒単位の電圧降下が起こっても、電灯の明るさは変化せず、動き続ける電気機器もあって、停電したことに気づかないのですが、瞬間停電でも電源が落ちる機器が、または深刻なダメージを受ける機器があるため、停止した機器に関連する機器が停止して初めて停電が起こったことに気づくことがあります。私の経験した範囲では、装置の冷却関係の機器が瞬間停電に弱いものが多く、冷却が止まったことによって装置の温度が上昇して警報を発することがありました。このため、職場では瞬間停電が起こると、装置点検の案内放送が流されます。

旧型国電+新性能車の営業運転について
 以前この場でも話題になった「いちばん変な例」は、「旧型国電50年(2)」P39に掲載されている垂井線の「クモハ12000 - モハ153 - モハ152 - クハ153」の列車でしょう。昭和40年9月24日大垣駅撮影の写真で、クモハ12000に「関ヶ原」のサボが入っているので、営業運転と思われ、この編成だとクハ153を先頭にして走っていたはずです。先日の「新性能車のブレーキの応答範囲」の話も、この写真が発端でした。

川越線・八高線の車両置き換えについて
RF誌の先月発売号では、川越・八高線に転用されるE231系3000番台の新車紹介もあったのですが、その中で、E233系3000番台は「6本改造される」ことが記述されていました。これとは別に209系500番台の改造車が既に2本登場しているため、5本いる205系3000番台だけでなく、209系3000番台も置き換えられることが確実になりました。RP誌の記述では、205系3000番台の方は「新製から30年、3000番台に改造されてからも15年経過」、209系3000番台は「新製から20年」と記述されており、205系3000番台の改造は2003年から2005年なので確かに15年くらい(同時に、103系3000番台が置き換えられてからそのくらい経っていることになります)、209系3000番台は1996年3月の八高南線電化に合わせた新製なので、こちらも20年経っています。209系3000番台の方は南武線の209系2200番台廃車の発生機器を使って機器を更新したという話を聞いていたので、置き換え対象となったことが意外でした。
写真は2013年10月19日の川越車両センター一般公開イベントの時に撮影したもので、上から209系3000番台、209系3100番台、205系3000番台です。ちなみに写真の205系3000番台ハエ62編成は一番最初に廃車になった編成になりました。
 

電源やブレーキ

 投稿者:すぎたま  投稿日:2018年 4月 9日(月)06時57分1秒
返信・引用
  原口さん、みなさんおはようございます。

電圧の不安定について
これは電車のMGでも同じだったのではないかと思われます。架線の電圧が上がれば、MGの回転数も上がり、架線電圧が下がればMG回転数も下がるという関係かと思われます。そのため、自動電圧調整装置(AVR)が取り付けられていたわけでしょう。
MGがSIVになった時、よく車内照明のちらつきがありました。あれは架線から瞬間的な離線があったり、ノッチの入り切りの際に起こっていたりしましたね。

LEDについて
おそらくLED灯は(分解したことはありませんが)、定電流ダイオードなどが入れてあると思うので、点灯させる際にLED素子にかかる電流量は一定なんじゃないでしょうか。船舶の照明で、LEDを使用すると長寿命で無いというのは、おそらく塩害とか、密閉器具で温度上昇とか、そのような理由ではないかと思えます。
家庭のコンセントの電圧も、結構変動していて、私が使っているこのPCの接続コンセント部分で、通常98Vから103Vあたりを変動しています。前に住んでいたところでは、テスターでの測定ながら、104Vを夜中に記録したこともありました。そのため、通常の製品であれば、LED灯に限らず、プラスマイナス10V程度はマージンを見込んでいると思えます。

自動ブレーキを使う運転について
確かに静岡運転所-大船工場の回送列車を写真で見ると、新性能車が前になっているシーンは無かったように思えます。
添付の画像は、京浜急行(またしても(笑)。偶然ですよ(笑))1000形用のブレーキ弁ME62形ですが、確かに自動ブレーキ帯は、範囲が狭く、画像に入れた赤い線(電磁直通ブレーキ常用最大)から右側で、ハンドルが止まる位置は、濃いピンク(保ち位置?)、ライトブルー(重なり位置?)、グリーン(常用?)、青(非常)の位置になります。それぞれわずかなハンドル角度の違いになりますから、これでずっと運転するのは、操作感としてかなり神経を使うことになってしまいますね。
なので、やはり新性能車と旧性能車を連結運転する時は、可能な限り旧形車を前に連結するようにしていたと思われます。どこかに80系+153系は、必ず80系を前にしたと記述があった記憶が…(どこに書かれていたか失念)。ただ、165系とキハ58の「異種動力協調試験」の時は、常に165系を前に試運転したそうなので、これは何か特別な装置を165系側に設置したためでしょうね。ノッチやブレーキの読み替え装置でしょうかね。

通勤形車のトイレ問題
西武鉄道の40000系には、既にトイレがありますよね。クロスシートに転換出来る車輌だからとしても、今のところ特異な存在です。しかし、この先高齢化社会は非常に急速になりますし、内蔵関係の障害を持つ人も増えるでしょう。そのような時代になった時、通勤車輌でもトイレの必要性が増すと考えられ、時代としては通勤形車輌へのトイレ取り付けは必然のような気もします。

少々尾籠な話で恐縮ですが、小田急線で通学しておりました折、毎朝下りの各停に乗るのですが、乗車後まもなく腹が…ということが案外ありましたね(笑)。そうすると、成城学園前や向ヶ丘遊園でトイレに駆け込み、後の急行で元に乗っていた各停を追うと、その先で追いつけ、学校にもちゃんと間に合うなどという生活を送っておりました。
最近は複々線などで高速化が図られ、通過待ちとか、緩急連絡など無くなる方向ですので、トイレに行ったら、もう電車はどんどん先に行ってしまい、追いつけたりはしませんね。時代の流れをここでも感じます。そういう意味でも、車輌へのトイレは必要…かもしれませんね。
余談ですが、東北沢駅(今はトンネル駅ですが)のトイレを利用した際、回りの柱が37kg古レールで出来ており、皇紀年号2608年10月製ばかりであるのに気づいたという「事件」もありました。

失礼いたします。

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電源とブレーキについて

 投稿者:原口 悟  投稿日:2018年 4月 7日(土)09時40分34秒
返信・引用
  すぎたまさん、皆さんおはようございます

房総、長野原線直通準急の電源についての情報をありがとうございます。
 房総、長野原方面とも80系の印象が強く、153系も同じ運用に入っていたことは思い至りませんでした。RP18-4号は、153系特集であることを見てはいたのですが、入手まで手が回らず、盲点でした。
 電圧の不安定は、船の方で経験があります。波が荒い時、エンジン音の高低に合わせて電灯が明るくなったり暗くなったりしたのを見たことがあります。おそらく発電機がエンジン直結式で、船が前後に揺れることによってスクリューにかかる負荷が変動し、これがエンジンへの負荷を変動させたと考えられます。このため、船には「一般用電源」とともに電圧、電流の変化に敏感な機器を接続する「研究用電源」が別に設けられています。また、LED(発光ダイオード)は電流の変化に弱いと聞いたことがあり、本来長寿命が売りなのですが、電気条件の変化が激しい船で使ったら、半年ほどで不調になった、という話を聞いたことがあります。

新性能車と旧性能車連結時のブレーキについて
 この件は以前、美濃赤坂線の153系が話題になった時に話に出たことがあります。「自動ブレーキ帯」の話も伺ったのですが、新性能車の方から見ると、「自動ブレーキ帯」が使える幅が非常に狭く、実際に自動ブレーキ帯を使うにはかなり微妙なレバー操作が要求されるとのことでした。これに対して旧性能車の方から見ると、ブレーキ操作の微妙さのハードルは下がるとのことで、旧性能車と新性能車を制御装置を無改造で連結する時は、旧性能車の方を前に連結して、旧性能車から操縦していたとのことで、静岡運転所の場合も旧性能の控車(クモハユニ64000、クモハ60069、クモハ12018等)が先頭になっています。準急「草津」の80系と153系の連結ですが、もしかしたら上下列車共に80系の方を前にして走っていたのではないかと思ったのですが、確認してみます。

時事の話題:中央快速線へのグリーン車連結とトイレ取り付けについて
 先日、中央快速線のグリーン車連結についての新たなニュースが発表になりました。中央快速線へのグリーン車連結は、昨年中ごろに、施設の工事の遅れから、「連結を延期する」というニュースが流れたのですが、「2023年度末」と新たな営業開始時期が発表になりました。また、グリーン車の構造も、「東京駅での乗客の入れ替わりの便を図ること等を考慮して」1300mm幅の両開き扉にすることがイラストとともに発表になりました。
 他、私としては驚きだったのが、「WCの取り付け」が発表になったことです。「乗りものニュース」では単に「WCの取り付け」との記述だったのですが、元となったJR東日本のリリースを見ると、WCはグレーン車連結後の新たな6号車の1か所に取り付けることとなっていました。WCの取り付け工事は今年度から始まるとのことで、「原型のE233系の調査」は意外と急務と思われます。
 中央快速線は、101系の投入、201系の投入など、最新の通勤電車の投入される場で、私としては「国電の代表例」のように思っていたのですが、グリーン車の連結、WCの取り付けは、この「国電のイメージ」をかなり変えることになると思われます。
 

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