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京急ファミリー鉄道フェスタ報告(その4)新1000形更新の開始

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 5月28日(日)23時24分18秒
返信・引用
  特修工場では、昨年は2100形の更新を報告しましたが、今年は新1000形最初の編成である1001~1008編成の更新を行っていました。

2000型では車端部の固定窓を下降窓に変更する工事を行っていましたが、1000型でも同様の工事が行われます。車端の窓の他、先頭車では中央の窓も600形に似た、開口部の2/3程を加工窓にする工事が行われます。扉間の窓が中央で2分割されているのは新1000形のなかでも初期の車に限られるのですが、更新で窓の変更が起こるので、先頭車についてはかなり感じが変わります。
 
 

京急ファミリー鉄道フェスタ報告(その3)屋内展示から

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 5月28日(日)23時12分47秒
返信・引用
  800形のリバイバル塗装編成は工場建屋内にいました(写真上)
運転台撮影を小学生以下のお子さんと保護者のペアで行っており、併せて方向幕の転換も行っていました。写真では「急行 (神奈川)新町」を表示していましたが、他にも「京急蒲田―羽田空港」等最近では使われなくなった幕も表示されました。

主工場ではいろいろな部品を展示していたのですが、写真中央はこの中からモーターです。800型と2000形の直流モーターと、600型以降の交流モーターです。直流モーターを使っている車は800型と2000型だけになっており、数年以内に使用車両が無くなるはずです。交流モーターの方も最初の1500形1700番台から、初期の車は更新を経験していることから、いわば第1世代のVVVF車の機器を残している車は無くなっているはずです。

写真下はコンプレッサーで、写真の旧1000型に使用のものから、現在の最新のものまでが並んでいました。
 

京急ファミリー鉄道フェスタ報告(その2)今年の車輌撮影展示車両

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 5月28日(日)22時53分53秒
返信・引用
  今年の車両撮影の展示車両は左から救援車デト15、2100型2117~2124編成、600形606編成青塗装、伸1000形1057~1064編成、2000形2011~2018編成リバイバル塗装、1500型1517~1524編成、1000形1800番台1801~1804編成、800形826編成でした。
2000形は、昨年のイベントでは2031~2038編成と2451~2454編成が展示されたのですが、両編成とも同年中に廃車になっています。また、800型も昨年は817編成が展示されていたのですが、この編成も確か廃車になっています。
 

京急ファミリー鉄道フェスタ報告(その1)京急旧1000形の展示

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 5月28日(日)22時31分32秒
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  皆さんこんばんは

京急ファミリー鉄道フェスタ報告
 今日は京急ファインテック久里浜事業所で一般公開イベントがありました。昨年に続いて見学してきたので、今年のイベントのトピックを報告したいと思います

旧1000型の展示
 今年は長らく車庫に保管されていた旧1000型1351-1356が展示されました。写真上が今年の展示された1351-1356、下が昨年のイベント時に撮影した保線車両留置線にいた1351-1356です。廃車からかなり経っている割には、昨年の時点でも車体の状態は良かったのですが、展示に当たって再整備され、塗装も新しくなりました。事前応募制でしたが、車内の見学もできました。
 

TOMYTEC鉄道コレクションより、阪和車型の製品化発表

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 5月22日(月)00時19分29秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

TOMYTEC鉄道コレクション第25弾が発表になりました
 2月の横浜の鉄道模型店でシルエットの形で発表になっていたのですが、静岡ホビーショーで正式なラインアップが発表になりました。内容は

阪和社型クモハ20000台(元モタ300形)―クハ25100台(元クタ7000形)
近鉄820系
京成200形「青電」
京急旧1000系登場時(2枚窓)
広電宮島線1080形

になりました。注目は何と言っても阪和社型で、シルエットで予告されてはいたのですが、元モタ300型のクモハ20000台とともにクハ25型が元クタ7000形のクハ25100台になったのはさらに驚きでした。厳密には、両運で登場したクハ25102以降の車が製品化されるようです。
この他の車を含め、今回は車体長がバラバラになりました。これまでは車長がそろっており、違っていても1両は1編成だけだったのですが、今回は阪和社型が19m級、近鉄と京急が18m級、京成が17m級、広電宮島が15m級になります。
シークレットですが、阪和社形関連ではないかと見ています。その中でもクハ25005「黄色塗装」が有力と見ています。
 

京急230形デハ236号の保存について

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 5月17日(水)23時32分47秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

京急230形デハ236号の保存内容が発表になりました。
 川口市で保存されていた京急デハ230形236号は、京浜急行が引き取ることが発表になっていましたが、どう活用されるかが発表になりました。京浜急行では、本社を2019年にみなとみらい地区に移転する計画があり、これに際して、いわば京急の「記念碑」として本社で保存、公開する計画が、現在の京急社内の中吊り広告で発表されました。現在、川口市立科学館の方でデハ236号に関連する特別展示が行われていますが、来週の久里浜で行われる京急ファンフェスタでデハ236号の「引き継ぎ式」が行われるとのことです。
 また、来週の京急ファンフェスタでは、これまで久里浜工場の片隅で保線車両と一緒に待機していた京急旧1000形が展示されるとのことです。7
 

小田急1700型と、鉄道模型新製品について

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 5月17日(水)01時06分59秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

小田急1700形の高さについて
すぎたまさん
「鉄道青春時代 -国電(3)」の小田急1700形の写真ですが、P42の1952年5月2日に経堂で撮影のデハ1704編成、P43の1953年10月25日に大秦野―渋沢間で撮影のデハ1704編成、1956年1月3日に蛍田―足柄間で撮影のデハ1704編成、大秦野―渋沢間で1953年10月25日に撮影のデハ1702編成の写真の4枚が収録されており、このうちデハ1704編成の3枚の写真が中間のサハ1750形が1段低くなっています。台車交換前(P42)と交換後(P43の2枚)の両方でサハ1750形が腰が低くなっているため、車体の方に高さが段違いになる原因があるのではないかと考えたものです。M車とT車とでは「台車」という決定的違いがあり、特に鉄道省(国鉄)正式台車は「側受の間隔」の違いのため、DT13の側受の間隔に対応していた枕梁の車体側側受けをTR23に合わせて付け直す工事が行われたはずで、1つの可能性として、台車を対応させる工事の段階で車体が段違いになる原因が発生したことが考えられます。
 先の書き込みの「DT11」ですが、書き込んでしばらくしてから「他のボールドウィン台車かも」と思いました。省電ではボールドウィン台車はショートリリーフ(特にT車用のTR22)に終わりましたが、私鉄では「日車D型」と代名詞になった日車のボールドウィン台車等、広範囲に使われていたことを後から思い出しました。
 KS-33L台車を供出したデハ1607~1610ですが、DT12台車はボルスタからは20cmも車輪が外側に付くので、台車に合わせた床下機器の再レイアウト(特に外側)が必要になりそうです。
 試作台車MD-3ですが、「鉄道青春時代 -国電(3)」の同じページに、装備していたサハ2051の写真が掲載されています。撮影が1956年1月8日となっているので、これが正しいとすると、サハ1751から戻ってきたことになるのですが、もしかしたら「1951年」の間違いかもしれません。奥の車とは高さが同じですが、手前の車よりも少し低くなっています


KATOより、ED62型発売の予告
 先週末は「静岡ホビーショー」が行われていましたが、これに合わせて鉄道模型も新製品が発表されていました。この中で、KATOから次の飯田線シリーズとして「ED62型電気機関車」が予告されました。ED62型は当初は伊那松島機関区と豊橋機関区に分散配置されていたのですが、製品化されるのは「伊那松島機関区配置車」とのことで、スノープロー装備になります。
 これに合わせ、貨車も「タキ25000形」と「ホキ5700型」が製品化されます。タキ25000形はJRになってからも飯田線に入っていたのが有名で、既にTOMIXから発売されていますが、TOMIXが日本石油輸送の車なのに対して、KATOの方は「日本陸運産業」の車になり、手ブレーキになった新しい形態(TOMIX製品と同じ形態)になります。時期が微妙で、先にタキ45000形のところで触れた「化成品分類番号」が昭和54年10月から付けられています。タキ25000形の場合は「燃(G)23」と付けられています。それ以前は「燃」としか書かれていなかったようで、どちらの形態になるかは注目で、発売されたら「燃(G)23」と「燃」の両方を作って流電時代と旧国末期の両方に対応させたものをそろえようかと思っています。
 ホキ5700形も、河合商会―ポポンテッタから発売されていますが、KATOも「秩父セメント」の車で、積み込み口が1か所(中央に大きいマンホールがあり、両側のマンホールが小型のもの)の車になるとのことです。常備駅は「武州原谷」の車とのことで、昭和50年ごろからJRになってからにも対応するものです。時期的には秩父セメント熊谷工場の専用線が地方私鉄に転換されて「秩父鉄道三ヶ尻線」になり、「三ヶ尻駅」が新たに設定された頃が間に挟まっており、この時に「籠原駅常備」だった車が「三ヶ尻駅常備」に切り替わっています。私としてはホキ5700形が地元の車なので注目です。販売形態は「タキ25000―ホキ5700―ホキ5700―ヨ5000」セットと「ホキ5700型2両セット」になるとのことです。
 タキ25000形はJRになってからの飯田線貨物列車にも入っている息の長い形式でしたが、「前任の車」の写真も見つけました。前任は「タサ5700型」で、日本石油のカルテックスマークが「蝙蝠マークの方」だけの車が飯田線に入っていました。

 ED62の先行製品を発売していたTOMIXの方もED62の新製品を発表しています。予告されたのは「シールドビーム改造車」で、こちらは国鉄末期からJRになってからをモチーフにしています。

 飯田線以外では、両車とも碓氷峠の製品展開を行っています。TOMIXではEF63型の2次車、3次車のこれまで発売していなかった形態のものの発売が予告されていましたが、KATOのほうもこれまで発売していなかった3次車が予告され、双頭連結器も新しいカプラー対応のものになります。併せて115系1000番台の「長野色」がこれまでの115系新製品に合わせた新規製品になって発売されるとのことです。KATOではさらに先の製品も予告しており、189系「グレードアップあさま」が新規製品になるとともに、TOMIXが先行していたEF62型後期型と14系「能登」が予告されています。TOMIXの方では一応碓氷峠に関係する「165系モントレー色」の「鉄仮面」が予告されています。モントレー色は以前も発売しているのですが、原型ライト時代でした。KATOのほうも発売していましたが、こちらはシールドビーム製品を使った「鉄仮面タイプ」でした。
 

小田急1700は

 投稿者:すぎたま  投稿日:2017年 5月15日(月)22時02分17秒
返信・引用
  原口さんこんばんは。

小田急の元特急車1700形と1750形ですが、原口さんの指摘を受けて早速調べてみました…。
しかし、ピクトリアルの「アーカイブスセレクション」を見ても、「小田急電鉄特集」を見ても、先頭車(1700形)と中間車(1750形)で、写真で見る限り、特に車体の高さに違いは見られませんでした。
図面はどうかと当たりましたが、どちらも床面高さ1200ミリで、特に違いはありませんし、床面から下段窓の窓枠上辺までの高さも同じ750ミリ、そこからヘッダーの上端までも同じく850ミリ、幕板の高さは400ミリと、全て同じです。よって、台枠の厚みの違い、腰板の寸法の違いは無いと思われます。そもそも元が省電であることは確実なので、モハ30にしろ、モハ63にしろ、特に違いは無いはずです。
しかし、実際の運用時に床面高さが異なる場面が本当に無かったのか、さらに調べましたが、この1700系(あえてそう書きますが)の場合、登場から1年半は、特急専用車でのリスク(毎日1~2往復程度で儲かるか。通勤車を増備するべきではないのかという声)からか、デハ1600形のKS-33L台車(軸距離2135ミリ)と主電動機を流用し、デハ1607から1610には、省払い下げのMT7~10主電動機とDT12台車を取り付けて走らせていました(歯数比2.26)。
なので、原口さんがDT11ではないかと見た台車は、住友のKS-33L台車です。
サハ1750形の台車はどうだったか。1751にはサハ2051(→クハ1958)が装備していたMD-5形を流用(サハ2051にはTR11を取り付け)、1752には来歴不明のTR23を付けています。
つまり1701-1751-1702で台車はKS-33L、MD5、KS-33L。
1703-1752-1704で同じくKS-33L、TR23、KS-33L。
もしかすると、MD-5は心皿上面の高さが低く、下に書いた台車新製まで床面高さが揃っていなかったということも無くはなさそうです。

その後完全新製の1705編成は、最初から新品のFS-108をデハ、サハともに装着して製造されました。特急車は大人気で、指定券(当時は定員制自由席)が取りにくいほどであったので、第1、第2編成とも新製車に合わせて台車や電装品も新品に取り替え、FS-108台車に交換されました。
元のデハ1600形から流用の台車は元に戻され、1607-1610ともにKS-33L台車に戻っています。TR23台車は予備に、MD5台車は途中不明ながらクハ1651の更新後に、空気バネに改造の上使用されています。

さて、この一連の台車たらい回しの中で、今もってよくわからないのは、デハ1607-1610に一時取り付けられたMT7-10等の主電動機、DT-12台車がどうなったのか、です。
そもそもなんでDT-12か、というのもよくわかりません。DT-12はモハ63に転用するため温存され、私鉄に払い下げられたのはたいていDT-10やDT-11(少数)でした。MT-7等の古い電動機(木造省電由来)を取り付けるのに、また床下にそれほど余裕があったとも思えないデハ1600形(車長16メートルちょっと)に2500ミリもの軸距離の台車…。解せないですね。DT-10あたりでもよさそうなのに…。小田急が特に希望したのでしょうか。
また、このDT-12台車のゆくえもわかりません。デハ1800とクハ1850に平軸受けのDT-12装備の車輌が、最終的に3輌ありましたが、このうちクハ1861のものは、タネ車のモハ60050のものであることがおおよそわかっています。その他の2輌(クハ1851と1860)に付いていたのが、この一時デハ1600に付いていたDT-12なんでしょうか?。元々クハ1851と1852にもDT-12は付いてきたようなのですが…。
デハ1811は省電のモハ42004の事故復旧車で、元々台車無しで「落成」したので、デハ1802のDT-13をもらって装着しましたが、デハ1802は代わりに何を付けたのか。一応定説ではクイル試験台車のKH-1を付けたと言われていますが、写真が残ってないようですし、クイルを破棄する時には何を付けたのか…。クハにDT-12を付けて発生したDT-13をもらったんですかね。
関西省電であったモハ43は、被災後小田急特急のタネ車になるにあたり、台車無しで譲渡されています(台車付きであったという記録がありません)。しかし、被災場所→収容場所→日車東京支店から新宿を経由して経堂まで、どうやって運んだんだろうかという疑問がわきますよね。当然仮台車だったと思われますが、その仮台車はどんなだったかについては、記述されている文献が無く、よくわかっていません。ただ、デハ1821→デハ1811となることになったモハ42004には、日車構内でTR23らしい台車が付いている画像は、「鉄道ファン」に掲載されたことがありました。サハ1752に当初付けたTR23は、こんなところが出所かもしれません。あくまで推定ですが。

ということで、記録されているものとしては、1700系ロマンスカーがDT-12台車やDT-11台車を付けたことはありません。
ただ、小田急には「台車の不思議」が結構あり、サハ1950形の一部には、鉄道省木製客車用と思われるイコライザーの細いTR11が使われ、最終的に岳南鉄道に譲られたとか、東急車輌に運ばれたと思われるクハ1652の旧車体には、本来のTR11台車ではなく、KS-30LAが付いている(TR11はおそらく新クハ1652→1651に流用)とか、旧4000系製作前に、デハ1300形にパイオニア台車を取り付け試験したが、それは旧4000に採用されたP-III706とは形態が異なり、台車形式が不明とか、いろいろその手の話があります。

失礼いたします。

http://princesscomet.net/

 

小田急デハ1700形の台枠と、DT11台車の由来

 投稿者:原口 悟  投稿日:2017年 5月14日(日)22時56分49秒
返信・引用
  皆さんこんばんは

小田急1700形について
すぎたまさん
 小田急1700形ですが、中間のサハ1750形が両側の車よりも低く見えることも注目点だと思います。「鉄道青春時代―国電(3)」中P42, 43が「国電メモランダム 小田急の車体更新特急車」で1700形の写真4枚中3枚がサハ1750形の裾が前後の車よりも1段低く見えています。残り1枚も裾はほぼ揃っているのですが、ウインドシルの高さが明らかに前後の車よりも高く、他の写真と見比べてみると、サハ1750形は腰板の高さがデハ1700形より高いと考えられます。台枠の厚さはどうかというと、サハ1750形は客用扉が全く無く、乗務員扉があるだけなのですが、扉の裾と車体の裾との間を「台枠の厚さ」とすると、サハ1750形はデハ1700形よりも台枠が厚いようです。101系と103系は台枠の厚さが異なっており、このため、101系改造のサハ103形750番台やクハ103形2000番台が連結されていると、101系由来の車の方が明らかに裾が低いことがわかりますが、デハ1700形とサハ1750形の台枠の厚さの差はこれよりも大きいように見えます。
また、「鉄道青春時代―国電(3)」のデハ1700形の写真のうち、最初のものは台車交換前(1952年5月2日撮影)のデハ1704を先頭とする編成なのですが、デハ1704の台車が種車とされるモハ43037が付けていたはずのDT12ではなく、DT11を付けています。このため、他の3両のデハ1700形がどの台車を付けていたかも注意点で、種車がDT11を付けていたはずのデハ1701,02の台車がDT11だったとすると、別にDT11の入手先を考えなければならなくなります。

金沢文庫レポート
金沢文庫の総合車両製作所横浜工場ですが、4月後半に都営新宿線新10-300型の今年度2本目と思われる編成が登場した後、JR東日本のE233系3000番台が登場しました。現在、基本、付属の内訳はわかりませんが、編成が2本並んでいるのを確認しています。ダイヤ改正とは無関係な時期の登場で、現在E231系の更新工事が始まっていることから、更新工事のための予備車を追加したのではないかと考えられます。さらに、現在都営新宿線新10-300型の今年度3本目の編成が登場しており、現在工場の中にこの3本の編成が待機しています。

E233系関係の気になる情報として、「中央線快速のグリーン車の連結を延期する」というニュースが先月発売の鉄道誌のニュースにありました。線路側の工事の関係で数年先送りになるそうで、そうなると当初予想されていた「現在のE233系にサロE232,233型を増結する」という方式ではなく、「新形式の電車で編成丸ごと交換する」方式でグリーン車が導入されることが考えられます。
 

小田急1700形ロマンスカーの台枠

 投稿者:すぎたま  投稿日:2017年 5月 9日(火)04時42分58秒
返信・引用
  みなさんこんばんは。

小田急の本格的ロマンスカー(特急専用車)として、つとに有名な1700形と1750形ですが、その第1編成と第2編成は、戦災省電の復旧とされています。
その旧番号を追いますと、
1701-1751-1702がそれぞれ、
モハ30067-モハ63168-モハ32011
1703-1752-1704がそれぞれ
モハ43005-モハ63082-モハ43037となっています。
さて、これらは本当でしょうか。この点はずっと気になっていたのですが、それぞれの台枠図面などを見て考えてみました。
まず、サハ1750形のモハ63形ですが、これらは経堂工場に焼けた姿で置かれている写真が残されていますので、まず間違いは無いと思われます。ただし、台枠のみの利用で、台車、柱類、屋根は流用されていません。格下げ時には、車体を短縮され19500mmから16800mmにされています。
そして、第1編成のモハ30とモハ32は、いずれも台枠形式はUF20であり、着目すべきは、「魚腹台枠」であること、また、台枠四隅に|_/ ̄形の垂れ下がりがあることが特徴です。しかし、小田急1700形の1701、1702のいずれを見ても、台枠四隅は普通に直線で、ましてや魚腹台枠であった様子は見られません。
特急車にするとしても、わざわざ台枠の四隅や、魚腹形の中バリを平らに加工し直すとは思えず、この台枠流用は本当なのか疑問です。特にUF20台枠は、連結器の両側奥に、筋交い状の補強があり、小田急車のような半流形に加工するとすれば、この補強も改造が必要です。
次に第2編成のモハ43形は、台枠形式UF26です。リベット組み立ての20m車用平形台枠ですが、第2編成の車体長などの寸法は、第1編成と全く同じ(車体長16200mm×幅2800mm)で、当然どこかを短縮しないとなりません(元は19200mm×幅2800mmのはず)。特に車体中央部分のみ短縮したのでは、オーバーハングが大きくなってしまい、建築限界などを支障する恐れが出てきます。そのため、オーバーハング部も250mm程度短縮する必要があります。正直、そこまでするかなぁという気がします。ただ、この時代は、車体の短縮や延長は普通に行われ、軽量車体とは異なり、車体枕梁間の加工も自由でしたので、可能性が無いわけではありません。
またUF26台枠の特徴として、モーター取り付け部分の中バリは、若干細く加工されていたとのことなので、そこが見られればモハ43の台枠利用かどうかに目星が付けられそうですが、現車が無くなって久しい今、それは無理ですね…。

いずれにせよ、車体幅は2800mmで揃っていることと、正面自連上に新製車には無い「座」が設けられているので、省電台枠利用であることは間違いなさそうですが、中間車となったモハ63以外は、本当に記録通りの番号の車輌から台枠が利用されているか、かなり疑問と言えそうです。ただし、編成ごとに台枠形式が揃えられているとも考えられるので、元番号を否定しきれないのも実際のところです。
なお、1705-1753-1706は完全な新製車ですので、元番号はありません。

失礼いたします。

http://princesscomet.net/

 

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